ひらふスキー場とオーストラリア人 倶知安町


                          
■2007.2月

 北海道、倶知安町にオーストラリア人が押し寄せ、リゾート地として発展したという。

 2006年7月の地価調査の上昇率が30%を超えたという。



□まず、新聞記事から紹介したい。

  一月下卜旬、北海道ニセコ地区の「ひらふスキー場」(倶知安町)はオーストラリアの人たちでにぎわっていた。

 同国の夏休み最後とあって子供連れも多い。直行便か新千歳空港に到着する火曜日と土曜日に押し寄せ、一週間以上滞在する。

  冬場の豪州人の宿泊客数は5、6年前まて数百人だったのか、今年冬は一万人(延べ九万人)に迫り、宿泊客の2割以上を占めるひらふ人気の火付け役となったのか同国出身のロス・フィントレーだ。

  豪州、北米などでスキーのインストラクターをして、北海道を訪れたのが一九八九年 倶知安町出身の友性モークル選手と知り合った。これか妻の陽子で四人の子供と同町に居住する。

 九五年にニセコアドヘンチヤーセンター(NAC)を没立し、インストラクターを雇い、レストラン、ア
ウトドア店も営む。

  ひらふスキー場を初めて訪れた時、フィントレーはパウタースノーと呼ばれる水分の少ない雪質の良さに驚いた。
 南東方向に蝦夷富士と呼はれる羊蹄山を望みなから2つのスキー場を使って長距離滑走も楽しめる。冬はスキーの指導、夏場は尻別川の清流を川下リするラフティンクを始めた。修学旅行生ら含めて夏は日本人が大半だ。

  フィントレーに刺激されて豪州からロス・カーティらもやってきて、同様の仕事を始めた。2人のロスを中心に口コミでとんどん豪州て「ひらふ」の名前は広がった。
 特に2001年の9・11同時テロ事件以降は、力ナダや欧州に行っていたスキー客か安全度の高い「ひらふ」に押し寄せた、時差もなく、ケアンスから七時間で来られる。

 ひらふスキー場周辺で豪州資本による豪州人のスキー宿泊客向けのコントミニアムの建設か続き、四十棟を上回る。日本のホテルよりスペースが広く、仲間とのパーティーなども気軽にできるので人気だ。

 
昨年度の住宅地基準地価の上界率は33%て全国一。景気回復か遅れる北海道で別天地のようた。
 豪州人のコールトラッシュの様相でハフルの先行きを懸念する声も聞こえた“ひらふスキー場からバスで二十分のJR倶知安駅周辺はマイナス一六%。

 商店街で全国十位の下落率だ。

 フィントレーは街つくりには不満がある。歩道の整備の遅れもその一つだ車道の雪が直路脇に積み上げられて歩くスペースが狭く、スキー客は歩きづらい  日本の役場は短期て担当替えもあって街つくりの専門家が育ちにくい。

 長期滞在型のリゾートの事例を知らない。自分たちも楽しめる街つくりのヒションを考えた経験もないしと問題点を指摘する。
  「豪州のスキー人口の杓四分の一かひらふへ来る。ぼちぼち頭打ちかもしれないが、東南アシア、イントなどの客が雪だるまのように増える可能性はある一と将来を悲観していない。

 軽井恨(長野県)、清里(山梨県)など外国人か〃発見〃したリソート地は少なくない、ひらふスキー場もそのひとつになっている。




■筆者からの分析など

□頭を整理するために付近に地図を示す。



 一口で言えば、オーストラリア人によるスキー等のリゾート地として開発されたということ。

 ただ、価値の逆転のようなことが起こったのだなぁ、と思う。
 日本人からすれば、この場所は従来通りで変化はない。

 同じ場所をオーストラリア人から見ると、安全で雪質のいい、リゾート地として再発見したということであろう。

 従来の日本人の視点からだけの市場分析からは予測不能だなぁ、と感ずる。

 平成17年7月から平成18年7月までで、30%以上地価が上昇したという。
 しかし、記事にあるように毎年このような上昇率が出るとも思えない。もう、頭打ちという状況ではあるまいか。

 グローバル化というか、外国人からの視点も含めた大きな視点で、その地域を見つめなおすということが求められる時代となったということであろう。