福岡県柳川市 …水郷の町



 先日、福岡県柳川市を訪れた。

 最初に、基礎知識のようなところを押さえたのち、印象を述べたい。

 まず、アウトラインを辞典から。

 福岡県南西部,筑後川の河口東岸を占め,有明海に臨む市。1952年市制。人口4万3245(1995)。

 筑紫平野南部の中心に位置し,北半はクリーク網の密な三角州,南半は堤防列がうろこ状に走る干拓地で,全域が低平である。

 中心市街の旧柳河町は戦国時代この地の豪族蒲池(かまち)氏の城下町として発達し,筑後南部の中心をなしてきた。

 明治期からは鹿児島本線や国道3号線などが離れて設けられたため,一時発展が停滞したが,昭和に入って佐賀線の全通(1935。87年廃止)と西鉄大牟田線の開通(1938)などによりしだいに活気をとりもどした。

 近年は水郷風景や城下町の面影,ここに生まれた北原白秋の家や詩碑を訪ねる観光客が増加している。
 市域の8割余が水田で,米やイグサの栽培が行われ,有明海ではノリ養殖が盛んである。

 イグサや水産物を加工する地場産業があり,1964年不知火・有明・大牟田地区新産業都市の指定を受け,工業開発も進められている。

 藩主立花家の庭園松濤(しようとう)園(名)や多くの文化財を蔵する洋館〈お花〉,戸島氏庭園(名),藩祖をまつる三柱神社,1965年湧出の柳川温泉があり,〈ドンコ舟〉による川下りなどの名物がある。
  
 柳河は矢部川の分流の沖端(おきのはた)川と塩塚川に挟まれた三角州地帯に位置し,両川をもって城下を限っている。

 平城であるので外敵に備えて,外濠,内濠のほか掘割りを縦横にめぐらしている。



 ▲場所を地図で押さえよう。




 有明海に面した平野部であることがわかる。
 通っている鉄道は、西鉄だが、福岡…天神から約40分程度。



 ▲観光案内から、もう少し抜書きしてみよう。
 
 柳川市では、この川くだりという船を使った観光が大きな目玉となっている。

 
 
 所要時間は1時間半というところか。



▲筆者の感想…柳川市の印象

 雨の中、川を下った。
 観光客が年間百万人訪れるという。

 一時間半という時間を飽きさせない。さすがなものだなぁ…と感じた。

  下の写真は、雨の中に川くだりの様子



▲川くだりの後は、ウナギを食べる。



  →上掲の画像が「せいろむし」
  せいろにタレをまぶし、ご飯と蒲焼きのうなぎをのせて蒸し上げ、錦糸玉子を散らした料理。
 
 →筆者には少しシツコク感じたが…。
  また、通常の蒲焼を白いご飯という組み合わせもある。


























         □本吉屋…ウナギを焼く煙は外まで充満している。


 



 
 

▲少し、視点を変えてみる。

 上掲の地図は、前二世紀頃の東アジアを表したものである。
 中国は前漢の時代で、日本は倭として、弥生時代の後期で、文明らしいものはなにもない。

 しかし、揚子江の南…江南地域…から稲作技術が、伝わり、その最初に広がった地域がこの北九州の平野部である。…
 おそらく、柳川市の付近もそういう最初の稲作を試みた地域であろう。