■宝塚市
  …宝塚歌劇のまち


 
 先日、兵庫県宝塚市を訪れた。
 阪神間の閑静な住宅地を抱える都市として、歌劇のまちとして有名だ。

 
□まず、outline を辞書から転記しよう。

 兵庫県南東部の市。1954年宝塚町と良元(りようげん)村が合体,市制。人口20万2544(1995)。

 六甲山地東端にある武庫川の谷口集落から発達した住宅・観光都市である。宝塚の発展は1910年に箕面(みのお)有馬電気軌道(現,阪急電鉄宝塚線)の大阪梅田〜宝塚間の開通に始まる。

 経営者小林一三は,乗客誘致策として宝塚に温泉と劇場を開設した。大正初期に宝塚少女唱歌隊(現,宝塚歌劇団)が誕生すると非常な人気を呼んだため,4000人収容の大劇場や宝塚音楽学校が次々に建設された。

 現在は植物園,動物園,遊園地,大温泉を併設する宝塚ファミリーランドに発展した。小林一三はまた住宅地の開発にも力を入れた。大阪や神戸の都心まで30分という交通の便利さのため,1960年ごろから急激な人口増加が始まり,現在では阪神間を代表する住宅都市に成長した。

 市内北東山中にある清(きよし)荒神(清澄(せいちよう)寺)は厄除け・開運で知られ,境内には富岡鉄斎の書画を集めた鉄斎美術館がある。西国三十三所24番札所の中山寺は安産祈願の参詣者が多い。

 1995年の阪神・淡路大震災では死者116名,全半壊家屋5000棟の被害を受けた。

                       

■地図を示す。


□筆者の印象

 先日、子供に誘われて宝塚歌劇なるものを見にいぅた。
 宝塚市も随分、道路が良くなったと感じた。特に国道176号線ってこんなに広かったか?

 冒頭に書いてある宝塚ファミリーランドも、一種公園のように様変わりしていた。


 
 上掲の画像が、もと宝塚ファミリーランドの跡地がどうなったか…を示したものだ。
 言わば緑地公園のようになっているのが分かる。

 遊戯施設とかをおいている場合には、人件費、管理費などが多くかかるし、お客様の中心である子供の数が減れば経営が立ち行かなくなるのは当然であろう。

 上掲のような公園にすれば、人件費、管理費などを抑制できる。大きな収入源とはならないが、都市の中心にある公園として十分魅力的だ。
 難波にあるナンバパークスと発想が似ているような気がする。



 

□右下は、宝塚歌劇場の入り口付近の画像である。
 修学旅行などの 
 学生も多い。しかも、殆どが女性であることに注意したい。





























宝塚の舞台は、大階段に尽きる…とかいう文章をどこかで読んだことがある。
 
▲前半の部分は退屈だった。筆者には、歴史上の大事件を色恋沙汰にしてしまう感覚に馴染まない。
 ただ、フィナーレは盛り上がった。 

 それは、大階段というものと見る角度によると思える。
  
 右の画像が、座っていた位置と舞台の見える角度だ。

 この位置から見ていると、大階段から次々に降りてくる演技者は、まるで空中から湧き出るように見えてくる。

 結局、繰り返しなのだが、繰り返す毎に、段々豪華な衣装となるという、なんとも不思議な世界なのだ。

 誰がこんな演出を考えたのかは知らない。しかし、確かに日本人向けの飽きさせない演出だ…と納得した。