■京都…高野川の花見




 はて、花見という仕来りはいったいなんだろうか。

 こういう「お花見」とか「紅葉狩り」とかいう習慣を、他の国ではきかない。

 こういうモノは、国が長い間、平和でないと根付かないものなのであろう。

 例えば、お隣の中国のような北から何度も別の民族が来襲してきて、その度に大混乱がおこり、社会のシステムがまるごと変わってしまうような地域では無理だろうなぁ…と感じる。

 つまり、外敵から襲われることなく、文化のようなものが何世紀に及ぶ継続性があった…そんな地域だけにかろうじて残る…そんなシキタリではなかろうか。

 京都の高野川沿いのサクラは満開だった。

 「皆美しく」かどうかは分からないが、「皆幸せそうに…」サクラを楽しんでいた。

 京都…高野川…お花見…まるで箱庭の中の平安ということではあろうが、「今、ここにある豊かさ」…というようなものを感じた。