明治神宮  緑多い東京都心部



□機会があって、東京の明治神宮へ行った。

 東京というところは、関西圏と比べてなんと緑の多い所か、と感心した。
 これだけ都心に近いところで、深い森のようなところがあるのだ。
(ど真ん中に皇居があるのだから、どうということもないのかも知れないが…)

 少し、画像をご紹介したい。





  
■少し、由緒をWikipedia で検索してみよう。

  明治45年(1912年)に明治天皇が崩御し、続いて大正3年(1914年)に皇后であった昭憲皇太后が亡くなると、その遺徳を偲ぶ国民から夫妻を祭る神社を求める機運が高まった。

 これを受けて政府は神社奉祀調査会を設置して審議し、大正天皇の裁可を受けて大正4年5月1日、官幣大社明治神宮を創建することが内務省告示で発表された。

 明治天皇が「うつせみの代々木の里はしづかにて都のほかのここちこそすれ」と詠んだ代々木の南豊島世伝御料地を境内地として造営が行われた。

 内苑には日本各地や朝鮮半島・台湾からの献木365種約12万本が計画的に植えられた。

 昭和45年(1970年)の調査時には247種17万本となっていて、都心部の貴重な緑地として親しまれているだけでなく、人工林が自然化したものとしても注目されている。

 設計は林学の本多静六、本郷高徳、上原敬二、農学/造園の原熈、折下吉延。



■地図でも示しておきたい。

 


■まとめ

 筆者は、東京というものと余り縁がない。
 時々、東京へいってアチコチうろうろしていると、ビックリするようなことが多い。

 都心部に結果として、これだけの緑地を残しえたということは、多くの先人達の智慧があるのであろう。
 優秀な先輩達が多かったということでもありそうだ。

 外国人の東京の印象などを読んでいて、東京は緑が多くてイイ…というような文章を見ていてどういうことかな、と感じていた。

 こうして、皇居だとか、明治神宮などを見ているとなるほどと納得する。

 赤坂の付近を歩いていると、電線なども地中化され街路樹も自由に伸びさせているようだ。

 東京は段々キレイになる。人が集まれば、お金を集まる。
 単純だけど、当たり前だなぁ、と感じた。


■日本の森林

 明治神宮をみていると、日本の森林の原型のようなものを感じた。
 現在の山林は、戦後の杉、桧を主とした人工林となっており、そのことが花粉症などへ繋がっている訳だが。

 ここで、辞典で日本の森林というものを検索してみよう。 以下、引用。

 
十分に降水量があり、南北に長く、地形的に複雑なわが国には多様な森林がみられる。

 第二次世界大戦、および戦後の開発によって、典型的なこの種の森林はほとんどなくなった。

 九州以北、関東地方あたりまでの暖温帯では、シイ・カシ類、タブ、クス、イスノキなどの照葉樹林が代表的であるが、日本文化が早くから開けた地域であったため、人間の影響が著しく、各種各様の開発を受けており、残された森林もアカマツやコナラなどの二次林に転じている。

 本州中部から東北地方、北海道西部にかけての冷温帯は夏緑林が占め、ブナ林によって代表される。
 ブナ林は日本海側で優勢で、太平洋側ではやや発達が悪く、ウラジロモミやツガなどの針葉樹も出現する。

 ブナ林帯に出現する樹種にはミズナラ、ニレ類、シナノキ、カエデ類などがあり、湿潤度の低い所ではブナにかわっていることも多い。

 照葉樹林は寒さに弱く、冷温帯夏緑林は暑さに弱いため、その中間帯を埋めるものとして、近畿から東北地方南部にかけての内陸部には、コナラ、シデ類、クリ、イヌブナ、モミなどの暖温帯落葉樹林が生育している。



 →コナラ、シデ類、クリ、イヌブナ、モミなどの暖温帯落葉樹林が生育している。…と。

 つまり、なにもしなければこういう雑木に覆われるのが日本の殆どの山地ということになる。
 そして、明治神宮はこういう山地に近いものではないか、という印象を受けた。






■蛇足 


 □関東圏のうどん

 東京では薄口醤油というものを使わないので、東京でうどんを頼むと、ぎょとすることがある。
 慣れればどうということもないのだろうが…。

 画像で示したい。


 
 

 →上の画像ではどうということもないようだ。

   もっと、真っ黒なシルの中から白いものが見えるというような場合もあったのだが…