■学問は役にたたないものか



 

 最近の若い人たちの科学離れの風潮がヒドイ。

 どうもそこには,「学問ナンテ、ナンノ生活の役に立たない,生活とかけ離れたことバカリだ」という「常識」のようなものがありそうだ。

 例えば、数学の微分、積分等を指しているのだろうが、本当にそうなのだろうか,大人は、そのあたりをどう説明すればいいのだろうか。 

 現在、これまで科学技術立国の基盤を支えてきた教育面での条件が衰退しつつある。

 高校教育の水準低下、大学入試の水準切り下げ、大学での一般教養教育の崩壊等、科学技術に関するいちじるしい知識水準の低下が社会的に進行している。

 これに対して、改めて、一般教養の大切さ、幅広い知識を身につけることの重要さが見直されている。

 特に研究者等にとって大切な創造性が、実は異分野との接触による相乗効果によることが多く、他の領域との接触部分にこそいい研究のシーズがあることがわかってきた。

 個人の頭の中も同じであろう。

 広い領域の知識を詰め込み、頭のなかで化学反応を起こさせてこそ、新しいアイデア、創造性豊かな考えが生まれてくるのだ。

 このように、良質の一般教養の教育をほどこすことは、社会全体の知力の総和を大きくし、創造性を増大させるという効果が期待される。

 現在まで、日本での科学技術の振興がうまくいっていた背景には、高等学校での理科教育が相当の厚みをもって行われ、(かって、高校の授業は、社会三科目、理科三科目を履修し、高校で真面目に勉強した人間は、バランスよく幅広い知識を身につけた)大学入試の幅の広さ、水準の高さに引っぱられて、高校学校での教育がその水準をあげざるをえなかったことが挙げられよう。

 このように育てられた質の高い中級技術者の層の厚さが、日本の技術立国を支えていた。

 文科系の人間にしても、高校時代に強制的に理科を三科目履修させられたために、科学の基礎知識は持つようになっていた。

 それが、技術立国を側面から支えていた。

 今、日本が科学技術立国をめざすと言うのならば、もう一度、高等学校での履修科目の増加、一般教養教育の見直しを訴えたい。