■照葉樹  クスノキ等




□はじめに。
  照葉樹…というのは上掲のような例えば、クスノキのような葉っぱが艶々しているような樹木をいう。
 そしてこういう樹木と一緒に伝わってきた文化を照葉樹林文化…というのだが…。

 これを辞典から書き写してみよう。



 
ヒマラヤの南麓から東南アジア北部山地,雲南山地,華南や江南の山地をへて西日本に至る常緑広葉樹林帯は,カシ,シイ,クスノキ,ツバキなどの,樹葉の表面が光っている照葉樹で構成されているため,照葉樹林帯と呼ばれる。

 この地帯の生活文化の中には数多くの共通の文化要素がある。
 この照葉樹林帯に共通する文化要素によって特色づけられる文化を〈照葉樹林文化〉と呼ぶ。
 
 この文化概念をはじめて提唱した中尾佐助によると,ワラビやクズ,あるいはカシ,トチなどの堅果類を水さらしによりあく抜きする技法,茶の葉を加工して飲用する慣行,繭から糸をひいて絹をつくり,ウルシやその近縁種の樹液を用いて漆器をつくる方法,かんきつとシソ類の栽培と利用,こうじを用いて酒を醸造することなどが,共通の文化要素のおもなものとしてあげられた。

 さらに照葉樹林帯の文化を特色づけるものにサトイモ,ナガイモなどのイモ類のほか,アワ,ヒエ,キビ,シコクビエ,モロコシ,おかぼなど大量の雑穀類を栽培する焼畑農耕によって,その生活が支えられてきたことがあげられる。

 また,これらの雑穀類やイネのなかからモチ種を開発し,もち,ちまき,おこわなどのもち性の食品をつくり,それを儀礼食として用いる慣行をこの地帯にひろく流布せしめたことも重要な特色といえる。

 このほか,若い男女が山や丘に登り,歌をうたい交わして求婚する歌垣の慣行共通の特色がある。

 その結果,日本の伝統的な文化要素の多くが,東アジアの照葉樹林帯に起源をもつことがわかってきたのである。
 この場合,照葉樹林文化の起源地は,諸要素の分布が集中するアッサムから雲南山地をへて湖南山地に至る〈東亜半月弧〉と名付けられた地域だといちおう想定されうる。





 まぁ、こういう日本の縄文時代というか、基層をなす文化のことをいうようだ。




 上図が、中公新書…続、照葉樹林文化…という本に記載されていた地図
 ヒマラヤの麓から江南地域、日本の西日本へ繋がる大きな面積を占めていることが分かる。

 たしかに、新緑のクスノキなどをみていると、よほど、日本人の感性にそぐう植物だと感じる。

 上記のようなもち、ちまきなどの食べ物の種類をみていると、照葉樹林の中で暮らしていた人たちは貧しくはあったろうが、食べるものに不自由しなかったのではないか…そんな感想をもつ。


 そうか、今の日本人のクイモノにうるさいというかおいしんぼぶりは、こういうところに起源があるのかもしれないな。





■下の画像は、和歌山県紀ノ川市にある粉河寺にあるクスノキ たぶん、千年以上。