■牡丹  …長谷寺で




■5月の連休の頃、奈良県桜井市にある長谷寺の牡丹の花を見に行った。

□まず、牡丹と長谷寺について少し説明(辞典などから引用して)し、末尾に筆者の感想を述べたい。



●牡丹
 中国が原産。
 日本への渡来は明らかでないが、平安時代には栽培されたといわれる。
 鎌倉、室町時代には寺院や庭園などに広く植えられるようになった。

 江戸時代の元禄)・宝永年間(1688〜1711)には花の観賞が盛んになり、『花壇地錦抄(じきんしょう)』には、白牡丹の仲間179品種、紅牡丹の仲間160品種、筑前牡丹138品種を載せている。

 明治以後には、大阪府池田市付近で260品種もの苗が生産された。現在は新潟県と島根県が主産地である。

 繁殖は接木、株分け、実生による。
 接木の台木はボタン、シャクヤクを使う。移植の適期は8月下旬〜9月で、過湿を嫌い、排水のよい砂質壌土を好み、陽樹で耐寒性がある。

 夏の季題。「牡丹散つてうちかさなりぬ二三片」(蕪村(ぶそん))。






●長谷寺

 奈良県桜井市初瀬(はつせ)にある寺。
 豊山神楽院長谷寺と号する。初瀬(はせ)寺とも書かれ、豊山寺、長谷観音とも称する。本尊は十一面観音。西国三十三所第八番札所。

 686年(朱鳥1)弘福寺の道明上人が天武天皇の病気平癒祈願のため、法華説相図銅板(千仏多宝塔を鋳出)を鋳造して西の岡に安置したことに端を発する。

 室町末期の世相の混乱に加え、1536年(天文5)の火災によって一宇を残さず炎上、衰微していった。
 現在の本堂は1650年(慶安3)徳川家光の命により造営されたもので、京都清水(きよみず)寺の本堂と同じ舞台造りである。

 2月14日に行われる追儺会(ついなえ)は有名である。
 桜の名所および150種7000株のボタンの名所として名高く、古来多くの和歌、俳句、連歌(れんが)などに詠まれた。




□長谷寺 案内図




□筆者の感想など

 牡丹という花は、花の部分が大きすぎるなぁ…というのが最初の印象。

 これだけ、花の部分が大きいと風が強く吹いたらどうなるのだろう?
 花を花として観賞するためには、花の部分を支えなければならない、そういう意味では手間隙かかる花だ。

 ただ、集団で咲いていてもそれほどキレイだという感じにはならないようだ。

 中国では美人を例えるときに使われるが、日本人的な感覚から言えば、ゴテゴテしすぎという感じか。

 日本の女性の場合にはナデシコか。

 なるほど、日本人と中国人の感覚の違いのようなものが表れていて興味深い。