■ヤマブキ





ヤマブキの花といえば、やはり、太田道灌の故事が知られていよう。

 鷹狩に出て雨にあい、粗末な陋屋(ろうおく)の軒先で雨宿りをしていると、家の娘からヤマブキの花の一枝を差し出された。

 雨があがって、訝(いぶか)しげに思いながら城に帰って、その話を家来にすると…あぁ、それは…と和歌の話を出して説明された。

 雨具の備えがありませんので…という意味だと。

 道灌は、自分の無教養に恥じ入り、それから学問に打ち込んだ…という話だ。

 和歌にあるように、実がつかない。
 道灌の時代でも、庭に植えて鑑賞していたのだろう。



■しかし、この太田道灌の故事には日本という国の文化の根源を表す意味があると思う。

 1つめは、太田道灌の時代でも、無教養であることは恥ずかしい…という意識となっていたということだ。

 知性主義とでも言うべきものだろう。
 武士であるから、戦闘に強いということが一番大事であり、強ければ教養など要らない…と主張することができた筈。
 しかし、日本では文武両道ということが言われていた。そうでなければ部下を統率できなかった。

 2つめは、そんな草深い田舎に、古い和歌集などを読んでいた女性が住んでいるということだ。

 義務教育のある時代ではない。なんらかの縁で、自ら勉強したものであろう。
 西行などでも良く似た説話がある。

 日本の場合にはこういう「学問に秀でた人間」がとんでもない山奥、田舎に存在している。
 そのことが別に不思議でもない。

 また、その人達はことさら自分の教養を誇示しようとしているわけではない。

 上記の道灌に対する、「雨具があれば貸してあげたいけれど、蓑がありませんので」…という表現の奥ゆかしさはどうだろうか。

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これらのことの根底にあるのは、日本人の「教養主義」「知性主義」ということだ。
 知識のある人を敬い、教養のある人を尊ぶ。
 そういう意識というものが、これほどの歴史をもっていることを日本人として誇りたい。






□冒頭で掲げた画像は、八重のヤマブキであったが、一重のものもある。

 画像で示したい。






 
⇒京都、貴船の山陰で咲いていた。