■日本が植民地とならなかった理由



■日本は、歴史において西欧諸国の植民地となる可能性のある時期が、2度あった。
 戦国期末と幕末だ。

 では、どうして日本はそのタイミングに植民地となることを免れたのだろうか。

 そのあたりを、横浜開港150年という記念イベントとして行われるようだ。

 記念イベントとは、関係なく、掲示板でアレコレなされていた。
 読み物として、面白いとかんじたので、筆者が適当に抜粋して、ご紹介したい。




横浜黒船研究会は5月17日、横浜市開港記念会館講堂(横浜市中区本町1)で 開港記念150周年シンポジウム」を開催する。「横浜開港の世界史的意義 ―なぜ植民地化を免れたか?」がテーマ。

日本が開国に至るまでに経験した諸外国との出会いや、 その後の過程を新しい視点から掘り起こし、列強が押し寄せた時代に、 「なぜ日本だけが植民地化を免れることが出来たのか」を独自に検証し、 開港の果たした世界史的な意義をあらためて問い直すことをねらいとしている。




11 :
アヘン戦争で清がイギリスに負けたというのがデカイだろ。.
そのおかげで攘夷が不可能であることを幕府は知っていた。富国強兵策をとることができたんだろ


14 :
費用対効果で、侵略費用が高くついて儲からないと相手に判断させればよいだけ。
その方法は2つ
侵略する価値もない国にするか、自国をきちんと防衛するか


16 :
あまりにちっこくて利用価値がなかったんじゃね。


18 :
元をたどればキリスト教を排除したこと。


20 :
日本という国家を守るため武士という安泰な身分を自らぶっ壊した
武士階級の集団自殺と言うべき明治維新が起こったから
そこには300年の歴史で培われた公の精神があったから


24 :
長州があったから


25 :
富国強兵のおかげ


26 :
それもあるがアメリカが南北戦争の真っ最中だった事もあったからじゃないか?
イギリスは戦国〜江戸初期にスペインが植民地化に失敗してるの見て慎重になってたらしいし。


29 :
・ 条約を遵守することの重要性を知っていた
・ 条約の条項の言い回しの重要性を知っていた
・ 白人が持ってきた革新的な技術をほとんど知っていた
・ 経済流通が発達していた
・ 朝鮮を併合していなかった


30 :
イギリスが薩摩1藩にも勝てなかったから。


35 :
日本には、どんな地方へ行っても侍がいたから、簡単には攻め込めんかった。
あの当時、そんな国は他には無かったかんね。
植民地というのはつまり、奴隷の国として国民は家畜扱いされるわけだけど、 長さ1mもある刃物を持った剣の使い手がおとなしく家畜になるわけがないと思ったんとちゃう?


36 :
地力の問題でないか?
江戸時代に文化的にも経済的にも発展したのが大きいと思うが。


40 :
イギリスは鉱山技師とか送り込んで来て「日本には収奪可能な鉱工業資源はないので植民地化は割に合わない」 とも言ってたな。



45 :
上海も横浜も同じく欧米に居留された。
しかし上海は租界かし、日本は自治権を欧米列強にとられずすんだ。
その違いは治安の差。上海は治安が悪く、欧米各国が自国の軍隊に
自分たちの身の安全を守らせるしかなかった。
それに比べて日本の治安が非常に良かったので、一時入れてた自国の軍隊を即座に帰し、
日本は租界化せずにすんだ。だから横浜は居留地ではあったけど、上海のような租界にはならなかった。
要するに日本人の民度の高さと教育水準の高さが国を守ったことになる。


50 :
ある程度の国力を持っていて
大政奉還によって他の国で行われてきたような、地方領主と中央の争いが比較的小さい範
囲で終わったこと
守旧派と改革派の争いが大規模に行われなかったこと
これによって近代化と国力の増強がスムーズに行うことが出来た
と妄想してる


53 :
薩摩はイギリス艦隊を港湾内で全滅させてる。
長期戦では負けると踏んで賠償金を支払う代わりに武器の貿易をすることで イギリスを味方につけて倒幕に向かった


54 :
秀吉は神


55 :
砲台みんな壊された。城下町も燃えた。


砲台や街はやられたがイギリス上陸部隊は薩摩軍に斬り込まれてボコボコになった


59 :
確かに船に損害は与えたけど、一番準備のできてた薩摩でさえ攘夷なんて続けられないってのが はっきりしたから方針転換した


61 :
2回目の黒船のときに 強そうな力士さんたちを港に並べたから


63 :
軍事力が強い割りに経済的な価値が低かったから。


69 :
でも日本に豊富だった金は、幕末前後からどんどん海外に流出した。
当時の日本では金が安すぎたので。

黄金一つとっても、日本は異常なくらい豊富だったよ。


72 :
江戸時代の頃から世界水準以上に達してたインフラと教育水準だけでも
十分な資源だし、シンガポールや香港のような資源の全くない国ですら植民地化されてた


73 :
「公」の精神があったから、個人が全体のために働いた。
言い替えると、義務と権利をもつ国民がいて、彼らが国民国家を作っていた。
そういう国家は、なかなか侵略できないよ。


75 :
当時の列強はどんな土地でも植民地にしてた。
温帯で農業に適した土地で人口も多い日本は、それこそ格好の標的になりかねなかった。
人が多ければ、自国に拉致して奴隷にするとか、収奪の方法はいくらでもある。


76 :人はアフリカ人を奴隷として売っていた。 白人は人間を資源と思っていた。


77 :
> インフラと教育水準だけでも十分な資源だし、

ただし、その「資源」は収奪できない資源だ。 でも本当に価値があるのは、そういうもの。


>>76
当時白人がやってたことはものすごいもんなあ。
黒人を駆り集めてきて船に乗せてヨーロッパに運んだ。 劣悪な環境のため、途中で1/3だか2/3だかが死亡したらしい。


92 :
日本も軍事的に欲しかったはず?
事実ロシアは南下政策を取ってたし、日本もいつ飲み込まれてもおかしくなかった。


94 :
日本は、極東で重要な地点を抑えているんだよな。
例えばロシアから見れば、対馬や津軽海峡はできれば欲しい地点。
沖縄も、太平洋と大陸に睨みをきかす重要な地点。

だから当時の日本が何もしなければ、いずれは侵略された。


95 :
ロシアが朝鮮を欲しがった理由は、ただ一つ。「不凍港が欲しかった。」


96 :
開国に追い込まれるほど安閑としていたほうが問題だ
もう少し早く鎖国を転換していたらアジア太平洋の勢力図もだいぶ違っていただろう


97 :
中国も巍源みたいな優秀な人材はいたんだけどね。 上がアフォすぎた


100 :
寄港地として重要なことと貿易拠点上重要なこととは違うよ
もちろん地理的要素としては重なる部分もあるけど


104 :
極東における、日本人の軍事力を利用したと聞いたが


105 :
日本は対ロシア対策をとってた
シンガポールや香港の植民地化と同じようにロシアも日本を狙ってたという話が理解できませんか?


109 :
戦闘民族だからな


110 :
>アヘン戦争以降、ユダヤ財閥たちは競って中国へ上陸していった。
>1860年代から70年代にかけて、彼ら(ユダヤ系の「サッスー
>ン洋行」など)を通して中国へ輸出されたインド産阿片は、毎年平
>均で8万3000箱にのぼった。一箱は約60kg。

>「サッスーン財閥」はロンドンに本部を置き、上海に営業所を設け
>英・米・仏・独・ベルギーなどのユダヤ系商事会社、銀行を組合員
>に持ち、「イングランド銀行」および「香港上海銀行」を親銀行に
>アヘン売買の莫大な利益、即ち「汚い資金」で投資をはじめたのだ。

>デビッドの孫ヤコブ・サッスーンの代になると、アヘンは輸入品目
>首位の座を綿製品に譲り、国際的にもイギリス国内でもアヘン禁止
>の声が高まり、1908年には「中英禁煙協約」が締結された。そ
>れでもサッスーンがアヘン取引にこだわったことは、1920年代
>の「新サッスーン商会」の文書からも明らかである。アヘン禁止に
>よる価格の上昇が巨利をもたらしたからである。
>阿片の密輸に火がつき、以前よりもかえって大量の阿片が出回る事
>態になったのだ。最高値のときには、なんと銀の7倍まで跳ね上が
>ったというから、驚くほかはない。

>1930年には、彼らの極東開発計画のため、上海に「サッスーン
>財閥」の本拠地を建設し、25億ドルの資本による「50年投資計
>画」を開始した。(毎年1億ドルの投資を25年間継続して、中国
>の経済と財政を完全に掌中に握り、後半期25年で、投資額の4倍
>の利益を搾取する、というのが当時の彼らの計算であった)。

っていうか中国が悲惨すぎる。赤化しても悲惨しなくても国民党政権のままでも奴隷状態


115 :
いろんな植民地を見ると、大抵の場合植民地化した国の宗教が定着してんのな

秀吉はよく殺してくれたと思うし、鎖国もそう考えるとよかったのかもしれん


117 :
文明の形態が違うだけで充分先進国だったから


119 :
中国や朝鮮では、「公」が成立していない。
こいつらの国では、誰もが自分の利益のことしか考えずに行動する。
なので、こういう国は他国の侵略を容易に受ける。
というか侵略されなくても、国内は同民族間で奴隷状態になっている。


124 :
植民地をまぬかれたのは日本だけじゃない、タイとかも立派な王室が残ってる


133 :
日本以外はその反抗さえもできなかったわけだ。
あとの有色人種国家は白人の靴をみずから舐めていた。


135 :
西洋文明から一番遠い極東にあったのが最大要因かもしれない
アフリカアジアが植民地にされていったケースを学習できた
植民地にされない方法を選べた。幕末の頃は太平洋航路も確立されてなかったのでアメリカからも遠かった。


137 :
君主(当時の日本だと天皇)に側妻が居なかったから
キリスト教史観では一夫多妻や公な側妻は邪教徒と見做され、征服OKの対象に成った


138 :
金貨使ってて、いたるところに金箔はりまくってたから、黄金の国といわれた
むこうがくれくれ厨になるのも無理はない。 あとは珍しい工芸品や食器ね。


139 :
中央政府(幕府)が地方行政(各藩)の意志統制を全く取れていなかったのも大きな要因じゃね?
外国が日本を植民地化しようとしたら意志がバラバラの各藩を一つ一つしらみつぶしに制圧していく しかない。


141 :
海軍は強いし。 アメがいなかったらアジア征服


142 :
> 開国に追い込まれるほど安閑としていたほうが問題だ
> もう少し早く鎖国を転換していたらアジア太平洋の勢力図もだいぶ違っていただろう

二つの点で誤りがある。
 第一、日本は決して鎖国などしていない。
貿易国をオランダ、清などに限定していて貿易の統制を幕府が行っていただけだ。

 海外の情報はすべて日本に入ってきていた。
 この点で中国や朝鮮などとは違う。中国や朝鮮などは欧米の事情に無知だった。
 これこそが鎖国状態というべきだ。

 第二、 日本はペリーが来た時点で日米和親条約を締結することによって他の国ともスムーズな条約の締結が出来た。
 仮にイギリスやフランスのような植民地政策を推進してきた国々を最初に相手にしていたら条約締結までにさまざまな条件を突きつけられていた。

 日本の明治維新の実行は絶妙のタイミングだったと言える。


143 :
殆どのアジア人はムチを振り上げれば怯えた。本人は切り掛かった

この差でしょう?
薩英戦争とかで死ぬ事を恐れない日本人を面倒くさいと思った。


144 :南北戦争が起こって、それどこれじゃなくなった。


145 :
シュリーマンも書いてるが、既に幕末の時点で

・蒸気機関を使わずに発達できる最高レベルだった事
・教育レベルが異常に高かった事。
・戦うより交易した方がマシだと思わせる事が出来るほどには国力があった事


146 :
武士階級がいたからだろうね。
あとは欧米由来の科学技術を咀嚼する土壌があったから。

この2つのうちひとつでもかけていたら植民地になっていたと思う。
そして、いまだに世界中は植民地だらけw


147 :
日本人殺してしまって反感かったら手に入らないものがいろいろある。
浮世絵とか伊万里とか


148 :
当時の国際情勢についてオランダ経由で細かい所まで幕府は把握してたからな。
外交交渉についてもかなり精通してたからアメリカとの妥協点を上手く引き出したんだよな。

150 :
オランダと知己だったし、組織化された陸戦部隊もいた。
国家としても一応整ってた。 でも、タイミングも良かったんだろ。


151 :
女子50万人を火薬1万樽と引き替えに売ってたキリシタンに激怒した
豊臣秀吉が弾圧してくれたおかげとか絶対報道できないね


152 :0
日本的には「神様はわんさかいる。でもそこにいるだけ…でも礼儀はつくさないとね」


153 :
ま、通商なんかで不平等条約締結した幕府は無能と言われいるけど、
あの程度で済んだのは寧ろ幸運つーかよく頑張った方だよ。


158 :
この時代、江戸が確か世界で一番人口の多い都市だったはず。
やれば列強は一国で勝てたろうが、制圧は大変だったとは思う。


159 :
植民地化された国・地域は不潔で、衛生状態が最悪だった。
ところが日本に来てみれば、きれい好きで掃除・整理整頓が行き届いていた。
今でも、身辺整理の可否は、有能・無能のバロメーターだよ。


160 :
鎖国って言っても一部の国に対してだけ


162 :
戦国時代に銃が一番あったのは日本だったらしいね。
南蛮人が渡来して数十年でだよ。
土器が作られたのも結構ふるいようだし、日本人はある意味合理的なんだよ。
欧米にかなわんと思ったら、さっさと開国する。攘夷というお題目で脅しをかけつつね。
シナがアヘン戦争でボロボロにされているのも見ているし。


167 :
分断状態のままなら、危なかっただろうね。
つけ込まれないためにも、統一国家にならなければいけなかった。


168 :
日本も列強だったから


169 :
最初に開国を要求したのが工業製品の売却先とかいろんな意味で植民地が欲しかったイギリスではなく、 大陸や東南アジアに向かう途中の補給基地が欲しかったアメリカだったとか 幸運が重なってたらしい


173 :
まあ分国統治だろうな。
維新軍に将軍が降伏しても戦う藩があったわけだし。
陸戦無しに植民地化するのは無理だったんだろ。
白人は自分が死にそうになると侵略地からすぐ逃げるしね。


174 :
秀吉がキリスト教の布教を禁止したからだな


175 :
でもその秀吉も信長が倒れたからって面があるから
結局因果の果てに植民地化免れてるから
日本が日本であったから ってのが一番答えには遠いけど判りやすい


179 :
当時としては西洋と異なる進化を遂げた文化を持っていたから。


181 :
公の精神」だよね。
根底にあったのは事実なんだが、それが第一義的理由かいうと根拠に乏しい気はするね。
最たる理由は、武士の存在と教育水準じゃないか。
運というのもあるが、これも二次的側面のような気がするね。


182 :
オーバーな言い方だけど半分正解 日本がキリスト教布教で成功して無いのが一つの解答
西欧の考えだと宗教には神と教典が必要だと定義するが現実には日本には仏教でさえ日本化したものしか無い
結局無意識のうちに日本教(神道)が意識の基に入り込んで体系化された教典は無くてもコモンセンスとして存在する(最近じゃちょっと怪しいけど)
その為植民地化する(キリスト教の徳を与えて文明化する)を出来ないと判断したのだろう
で現実は西欧に於ける宗教の中心がローマ法王 日本では天皇陛下 これが権威の中心で各国の政治権力者が権力中枢を握ると考えたら全く構造は同じなんだよ


184 :
当時の指導者層が今よりもマトモだったからじゃね?


185 :
いや植民地政策は伝統的にキリスト教布教と密接に結び付いているよ


187 :
表向きは、「未開の国にキリストの教えを広めて、福音を分け与える」とか
比較的穏当なことを言っているからなあ。

しかしそれとて、相手国から見れば「勝手にお前らに信仰を俺たちに押し付けるんじゃねえ」という 余計なおせっかいだが。


188 :
うーん、どうだろう。
植民地時代はもっぱら布教活動より実利を重んじていたように思うけどね。
もちろん、聖職者は布教が主活動だった人も多いんだろうが・・・・・
レコンキスタや十字軍のころでさえ、宗教が利用されていた側面もあるし。


192 :
単純に未開の国ではなかったからなんじゃない?
来日した外国人も驚くほどある程度の文化レベルまで達していたんだろ
対等でないにしても交渉するに値する相手とみなされていたんじゃねーかな


193 :
正確には、一定の軍事力をもった強国と認定されたからが理由なんだろうけど。
日清戦争?にかつまでは不平等条約を改正できなかったんだから。


195 :
「民は権力者に従順で、支配はし易そうである。が、各地の領主が皆戦争に備えて訓練しており、武力制圧は容易ではない。
本国の応援を頼めば力ずくでの占領も不可能ではないが、我が国も甚大な被害を受けるであろう」 と宣教師が本国へ書き送っている(オランダかポルトガルかは忘れた)。
で、それなら仲良くしといて中国への橋頭堡とすべし、という判断だったらしい。


197 :
はじっこすぎるからだと思っていたけど、太平洋から来たら、
いちばん近い位置だもんね


198 :
江戸文化のレベルは当時では世界レベルだよ。
そういう民度が明治維新を支えた。


199 :
あのころの宣教師って今の価値観では創造できないくらい好戦的だからねw
維新後もフランスやイギリスが虎視眈々と狙っていたのを知っていた当時の為政者はダモクレス状態だったかもしれん。


205 :
だからアメリカが建国して国力を蓄えたときにペリーがきたんだろ。


209 :
当時の輸送力&軍事力じゃ無理
インドとかアラブ沿岸あたりでも、オランダ人が権益広げようとして
戦争吹っかけて、逆に賠償金払ったなんて事例が何回かあったそうだ


210 :
ヨーロッパやロシアでは、日本はただの島国ではなく、自分たちと同じ「帝国」だと見てた。

そのイギリス海軍の艦隊が 明治の元年には神戸港を占領していた。
これをそのままに放っておいたら神戸は日本の『上海』となり、 そして日本は中国と同じ植民地の運命となるはずだった。
実際には、神戸が明治維新の原因となった。

>>209
当時は、『砲艦外交』という言葉どおりに、 世界の七つの海を制していた大英帝国海軍の艦砲射撃の威力は絶大だった。


216 :
坂本竜馬の活躍とかなんていうのは、史実でないのに史実だと勘違いして 信じきっている議論にはとても同調できないよな。


217 :
南北戦争や普仏戦争のドサクサで日本どころじゃなかったから、運が良かったとも言える。
ただ、発足したばかりの明治政府がアフォなら、それこそ植民地になってただろうな。


218 :
横浜に料亭田中屋があるから。 勝の口利きでおりょうが働いた料亭だ。


219 :
文化は高かったが、機械文明がなかったからねえ。
特に軍隊がほとんどなかったから、当時すぐに列強とやりあうのは無理だったと。
それで富国強兵に走るしか道がなかったわけだ。

>>195
相良宗助が言っていた台詞が現実にも当てはまる。
「別に相手よりも強くなる必要はない。屈服させるには高くつく相手だと思い知らせればいいのだ」


222 :
それは事実だろうが、オスマントルコも清もムガールも帝国だった。 しかし欧州に食い荒らされまくったからな。


223 :
イギリスが薩長に、フランスが幕府に、 軍隊の派遣をしようとしたんだが、 薩長も幕府もその申し出を断ったそうな。


224 :
>>221
とはいえ、そのタイにしても領土は縮小してるしな。
マレー半島のマレーシアに相当する部分も元はタイ領でイギリスに割譲してたはず。


228 :
幕末期は総石高3000万石として建前としては75万人の軍役を行使できたわけで、 1国で植民地化するのは困難だったろうし、列強も互いに牽制しあってたろうから よっぽどメリットがないと植民地にまでしようとは思わなかったんじゃないだろうか。

補給基地になる港さえ確保できればいいって感じで、目的は達したと。


234 :
地理的な問題と目ぼしい資源がなかったことから、と昔教わった


238 :
陸戦で勝てる自信がなかったから。
海上からの砲撃でコテンパンにできても上陸して占領するには日本の武士団と戦う必要があった


241 :
世界の果て
適当な港が無かったのと
当時は戦略拠点になり得なかった。
フィリピンとかのほうが良かったしね。

教育水準の高さ。奴隷にするより弟分にしたほうが得策。
富国強兵→日英同盟。

あとは神風かな。


245 :
結果的に英仏の間で上手く立ち回ったから


249 :
ジョン万次郎は凄い


250 :
徳川幕府が賢かったからだよ。
居留地に外国人を封じ込め日本国内での通商や投資を禁じたから。
日本を開国し、殖産興業政策を進めたのも幕府だ。


251 :
なんでイギリスは日英同盟組んでくれたのかね。
そのまま放置してたら日本はロシアに勝てなかっただろうに。
日本が白人の列強国に勝ったことに、アジア人が自信もってその後アジアの植民地が独立する事まで考えてなかったのか


253 :
イギリスもロシアが邪魔でしょうがなかったからさ。


254 :
イラン、アフガンの戦線でロシアの南下政策に苦しんでた。


255 :
イギリスがヨーロッパで敵作りまくって対ロシアの仲間が一人も居なかったからだと聞いたが


256 :
中国に対するイギリスの権益がロシアによって脅かされていた。
日本を使ってそれを追い払おうとしたわけ。
仮に日本が負けても日本の港湾の関税を担保にとってたから、 イギリスは損はしない。


257 :
1.時期が良かった
イギリスは緊縮財政&海軍の刷新期で余裕無かった。
フランスはメキシコ干渉で失敗して3世的に日本どころじゃ無かった。
アメリカは南北戦争直後で復興に必死。
ロシアはクリミア戦争での涙目www状態から立ち直り中。

2.革命に成功した
かなり荒療治だったが、まぁ結果的に武士層というどでかい負担は消滅した。
農民に負担を強いることになったが、この時代に近代化目指した国はそうするしかない。
エジプトなんかもそうだった。列強の干渉で失敗したけど。ムハンマド・アリー

3.独裁者が誕生しなかった。
徴兵制を敷いて政府の軍を確立するまでの苦難、離合集散する藩閥など、結構政権基盤は脆弱で それにより独裁者を生むことなく近代化の道を歩むことができた。

また、民主主義化の要求に対しても、権限の分散を望まない保守派や官僚と、民権を望む民衆の間を縫ってソフトランディングすることができた。
これが出来なくて開発独裁に走り、結果わやくちゃになってる国は今でも多い。アフリカとか。

4.人材
積極的に海外に行って、技術をする奴らの多いこと多いこと。


>>250
残念だが、政策として進めてたって話は聞いたこと無いな。
家内制手工業とか、個人事業主が個々にやってた状態だった。
ただ、留学生を積極的に送ってたのは評価できる。
しかし幕府にとっては、開国による経済的混乱が手痛い打撃になった。


258 :
>>57
賠償金請求されて、薩摩藩は幕府に金借りたんだが。
結局踏み倒したらしいがね。

まあその後で英国は薩摩藩に近づいたから
がんばって戦った事は結果としてよかったんだろうけど。


261 :
四方を海に囲まれ、物理的な境界があったこと
明治維新以降の対応速度の速さ

攻めるのにコストがかかる上、それに見合った利益が見込めないこと。
その上、攻めるに当たっての難易度が加速度的に高くなるような国を
わざわざ植民地化などしたくなかったのだろう。


267 :
>>263
その後の大統領も中国については
国民党〜共産党をとんでもなく甘々に見てたしね。


271 :
>>251
日本の東には海しかない。
ロシアとしては中国割譲され、日本攻め落としたあとは、必然的に西の肥沃な大地に目が向くわな。

ただでさえ植民地経営が忙しいのに、危なっかしい白熊を隣人に迎えたくはない。
サルが噛み付いて、怪我を治すのに時間稼ぎできるなら、多少手伝ってもいいかってな感じだったんだろう。

まさか痛みわけまで持っていけるとは、手助けした本人自体も思ってなかったはず。


277 :
明治は江戸あればこそ、江戸の文化も室町のお陰。

大昔の民族歌集である万葉集や平安の長編小説の 源氏物語でも現代のMANGA並に日本的ユニーク さだろう。

こういう連綿とした文化は日本の場合、人は変わっても前政権の培った文化を破壊や否定することなく育てていったのも大きいと思う。
それが即ち日本の国力の基礎。


279 :
それと日本の最強の武器は広義のラテン文字文化圏に優るとも 劣らない日本語の威力だと思うな。

これは将に中国の漢字といわゆる膠着語の利点を(実用新案的発明の)仮名で繋いだ最高 の優れもの。出藍の誉れとはこのことを言う。

中・朝は言語表記法を工夫しないと日本に勝てない。マジで。


280 :
1864年の四国連合艦隊の下関砲撃、1863年の薩英戦争など、欧米と戦った、薩長は、欧米に対抗できる軍事力を備えた中央集権国家の建設を目指し明治維新が実現した。

中華思想に凝り固まっている中国は、欧米の文明や軍事力を軽んじて、 欧米から学ぼうとする姿勢が全くなかった。

日本は、早い段階で、欧米流の強力な軍事力を持った中央集権国家を建設したのが、
よかったと思う。

まあ、アメリカが日本に開国を迫ったのは、人口の多い中国に綿製品を 輸出したかったし、クジラを獲っていたから、 その中継基地として日本を考えていたということで、日本本土に軍事侵攻しても、あまりメリットがないとも思っていたんだろう。


281 :
>>277
明治以降の近代化は幕府の構想の二番煎じなんだよね。
ただし明治政府は江戸文化を否定し城郭や仏像などの遺産をぶち壊してる。
価値のある浮世絵のほとんどが海外にあるのはそのため。
その後も日韓併合を進め、朝鮮に巨額の資金を投じ続けるなど、
やることが胡散臭い。
明治維新は、イギリスの手先として動いた連中による、 日本乗っ取りでもあるからだからだろうね。


282 :
そういや昔、髷結った侍がエジプトのピラミッドの前で記念写真
とってるのがあったと思うんだけど、あれは維新後だっけ?
何か、学びにいってた的な説明があった気がする。

結局はそういった、学ぶ姿勢が色んな知識や見聞を広めさせた
気がする。


284 :
それと、これも精神論だが日本人はお世話になった人への
付け届けの風習はあるが、基本的に汚職を恥と考える精神
風土がある。これが未開の地と文明圏を分ける一つのキー ワード。

だから地方で任官された役人も赴任先では中国や 朝鮮の様に明日無きが如き放縦な簒奪はしない。

こういう国民のモラルはモラール(士気)に通ずる。


285 :
江戸時代まで日本は軍事政権国家だったから官僚も刀下げた武官ばかりなので舐めた態度を取ろうものなら 只じゃ置かんと外国商人や船乗りをびびらせてたし。

挙句の果てには大名行列の前を騎乗で横切る無礼者の外人を皆殺し七つの海を支配する大英帝国相手に戦争 をいとわない為政者がぞろぞろ居りゃすくなくともアヘン密売なんかやりようが無かったでしょ。


286 :
>257
加えて、欧米から遠かったのも大きい。
当時、蒸気船といっても基本は帆船で、輸送能力なんてたかが知れている。


289 :
戦国時代のマスケット銃の多さの話は既出だが、外国人が九州だか
の大名に蒸気機関車の模型を土産にプレゼントしたら次に会った時 にはその複製を自分達で走らせていたとびっくりしたらしい。
こういう好奇心は他のアジアでは有り得ない。

サマセット・モームの小説だがたしか戦前の船旅で日本人の客を見 た主人公が、その日本人の洋服がとても彼に似合うので「何か不吉な予感がした」というレーシスティックな記述まである。


290 :
しかしジョン・万次郎なんて本当に日本人の素質に誇らしいものを
感ずるね。以下ウィキペディア

文政10年(1827年) - 土佐国中浜村(現在の高知県土佐清水市中浜)の
貧しい漁師の次男に生まれた。死亡した父や病弱な母と兄に代わって幼い
頃から働き、家族を養った。寺子屋に通う余裕が無かったため、読み書き
も殆ど出来なかった。

天保12年(1841年) - 15歳の時に漁師の手伝いで漁に出て漁師仲間と共に
遭難し、5日半の漂流後、奇跡的に太平洋に浮かぶ無人島の鳥島に漂着して
143日間生活した。そこでアメリカの捕鯨船ジョン・ハウランド号に仲間と
共に救助される。日本はその頃鎖国していたため、漂流者のうち年配の者達
は寄港先のハワイで降ろされるが、船長のホイットフィールドに気に入られ
た万次郎は本人の希望からそのまま一緒に航海に出る。生まれて初めて世界
地図を目にし、世界における日本の小ささに驚いた。この時、船名にちなみ
ジョン・マン(John Mung)の愛称をアメリカ人からつけられた。

同年 - アメリカ本土に渡った万次郎は、ホイットフィールド船長の養子と
なって一緒に暮らし、学校で英語、数学、測量、航海術、造船技術などを
学ぶ。彼は寝る間を惜しんで熱心に勉強し、首席となった。民主主義や男女
平等など、彼にとって新鮮な概念にも触れる。卒業後は捕鯨船に乗り組む道
を選び、やがて船員達の投票により副船長に選ばれた(投票では1位が2人
いたが、船長の地位は年長者に譲った)。数年間は、近代捕鯨の捕鯨船員と
して生活していたが日本に帰る事を決意、帰国の資金を得るため、ゴール
ドラッシュであったカルフォルニアへ渡り、金鉱にて金を採掘する職に就
く。金鉱で得た資金によって、船を購入し「アドベンチャー号」と名付け、
ハワイに寄港して土佐の漁師仲間と再会し、共に日本へ向け出航した。


291 :
どうも西洋人はやたらと日本に脅威を抱いて叩く傾向がある。
その一方で、本当の脅威である中国はやたらと持ち上げるんだよな。


299 :
下地があったとはいえ、大政奉還から明治維新して軍備を拡張して大国清をたおすまで20年かからないってのがすごかったんだろ。こんな国ねぇよ。


300 :
日本だけが、とか言うなら国家としての主権が一応確立してたことと、それが大政奉還で幕府から明治政府へスムーズに移行されたこと、そして地理的条件ぐらいなもんだろ。

大体タイだって独立してたんだし、幕末からの欧米との関係やその他アジア植民地との関係を検証する視点で考えた方が意義深い。


301 :
>>300
タイは英仏の緩衝地帯としての価値、領土の割譲に耐える理性。その辺りが要因だろう。
日本とはまた要素が別なのでは。

それに政権交代した後も重要だ。そこで躓いてドツボに嵌ったアフリカ諸国の多いこと。


302 :
戦国時代はヨーロッパ全土より銃を保有してたんだっけ?
日本の大名対大名の戦でヨーロッパの国対国の戦争に匹敵する規模だったんじゃなかったっけ。
そーゆー圧倒的に強いイメージがヨーロッパをビビらせて攻めてこられなかったんだろ。


307 :
幕府から明治政府への移行が驚くほどスムーズだよな
普通だったらあそこで泥沼化しているうちに、いつのまにか植民地になってるパターン


308 :
>>307
負けたほうの慶喜もすごいよな。


309 :
>>301
だから日本だけの要因を探ってもあんまり深く掘り下げられない、っていうか答えは出てるっていうか。
要は地方豪族やら軍閥やらの類いが、勝手に外国と取引きとか出来ない体制が一応日本とタイにはあったってことだろう。
で、タイの方は良く知らないが、日本は大政奉還で割とスムーズに国家主権が移行したことで、欧米から主権国家として認められたという点が大きいんだろうと思う。


310 :
>>302
ヨーロッパ諸国の軍隊って、それほど強いわけじゃない。
特に大航海時代が始まったばかりの16世紀当たりは、 トルコやイスラム勢力のほうが強かったくらい。

そんな状況で植民地をどんどん作れて行ったのは、 産業革命から来た生産力と、なによりも遠洋航海に耐えられる船体から来る海軍・海運力。

例えば、薩英戦争でも上陸後の英軍はかなり苦戦してるが、 その前の砲撃戦では、海上からの砲撃で薩摩を圧倒してる。 だから、日本の陸軍の強さはあまり意味がないよ。


311 :
確かに江戸城を無血開城しないで江戸で戦闘が行われればイギリス、フランス、アメリカ、ロシア等列強が 在留邦人の保護を名目に軍隊を投入して居座られ、莫大な賠償金と担保するため領土の割譲を要求されてるのが 清の香港をみてもわかる。

日本という国が無かったら当然返還はおろかあの広大な中国大陸もオーストラリアや南米みたいに白人が現地人を収奪する状態でしょね。


313 :
タイミングの問題じゃね?
西側から徐々に迫ってきてたわけだし、もう少しで侵略開始ってところで 国内で危機感をもった人々により攘夷が沸き起こったからだと思うけど。


314 :
日本が植民地化を防げたのは色々な要素が有ると思うけど その様々な要素の下地になっているのは
寺子屋による「読み書きそろばん」のおかげだと俺は思っている。


315 :
辺境だから、いまだに北極圏、南極圏、アフリカ、南米過疎地では政府の管理が出来てない、当時の日本もそんなもんだ


318 :
朝鮮半島なんぞは確実にロシアの領土になっていたんだろうと思う。
韓国も北朝鮮も存在せずロシア共和国の一地方として、ロシア語の半島名になっていたことだろう。


319 :
>>314
その更に下地として「徳川250年」の泰平が大きいと思う
鎖国は、世界に遅れたというより、熟成されたと捉えるべきだと思う。


321 :
日本には皇室があったからだよ。
形式上とはいえ、将軍も朝廷の任命だったから、正統性は朝廷の側にある。
だからこそ、倒幕を維新と言い換えることができたのだ。


322 :
白人も一応「文明を教えてやる」という考えのもとに植民地化してるわけだろ
日本人は西洋文明に対する好奇心がとても旺盛だったので、「日本は植民地化しなくても勝手に文明化するだろ」と思われていた


323 :
>>315
> 当時の日本もそんなもんだ
それはどうかな、天皇制と役人文化が入った時点で氏族を
サラリーマンの地方栄転の様にお前はあそこを治めろ、という様に地方にばら撒いた記録があるらしい、
そういう事を考えると実は日本人は古くからサラリー文化が形を成していたと考えられるとおもう、


324 :
きっちり不平等条約を結んでたけどな


325 :
識字率が高かったから

でも経済的にヤラレてたんじゃないの、維新後初期は特に。
ていうか、幕府は港を開けたのに
なんで倒幕しなくちゃならなくて、攘夷だ攘夷だって言ってた側が
あけっぴろげに開国させまくったのか未だに謎でワケワカメです


326 :
>>325
ただの権力闘争でしたって事かと。
開明的かどうかといえば、幕府側だっていろいろやっていたようだし。


327 :
戦国時代も、日本は植民地の危機があった。

秀吉はキリスト教がその尖兵と知り、バテレン追放令を出す。
スペインの狙いは中国。もし中国まで植民地にされたら
日本は風前の灯。
そこで先に取ってやろうとしたのが朝鮮出兵。

日本の運がよかったのは、ちょうど同じ頃に スペイン本国で、無敵艦隊がイギリスに負けて壊滅。

世界の覇権がスペインからイギリスへと移る時期で、おかげで日本は江戸時代をのんびり過ごせた。

だがついにイギリスが極東まで手を伸ばしてきた。
アヘン戦争で中国に勝利。
日本はふたたび外的の脅威にさらされることになった。

日本が外に出て行く時はたいてい、
植民地か打って出るかの選択を迫られてのパターン。
白村江の戦いだって、このままでは唐に日本も占領されるという 脅威があったから。


328 :
>>314
聞いたことがある。
日本にやってきた外国人が、乗り捨てた人力車の車夫が休憩するかと思ったら、懐から書物(読本?)を取り出して読み始めたのを見て、これは植民地にできないなって感想を残しているって。


329 :

あれ・・・もしかして
勝手に艦隊と戦争して負けた連中って
その時の借財を日本国に背負わせたりした?


331 :
>>329
したな。
その他、攘夷派の外国人襲撃の賠償金も結局幕府が払ったんじゃなかったか


332 :
>>327
戦国時代にヨーロッパによる植民地の危機なんてありません。
そんな兵力は当時のヨーロッパにはない。
宣教師も日本人は好戦的だから支配できないという書簡を本国に送ってる。


333 :
>>332
日本も他人事ではなかった。現にフィリピンはスペインに征服された。
1521年、マゼランが世界一周探検の途上、マクタン島に上陸して
ここがスペインの領土であることを宣言する。

さっそく住民数百人にキリスト教の洗礼を受けさせている。
その後、数度に渡ってスペイン軍が来襲し、原住民も抵抗したがフィリピンは占領される。
フィリピンという名は、スペインのフェリペ皇太子にちなみ名付けられた。

アジアでの次の狙いは、日本と中国である。
特に、イエズス会=スペインの最大の狙いは中国だった。

イエズス会東インド巡察師で、日本に3年滞在した
アレッサンドロ・ヴァリニャーノはフィリピン総督に書簡を送っている。

「私は閣下に対し、日本布教は最も重要な事業のひとつと断言できる。
何故なら、国民は非常に高貴かつ有能にして、理性によく従うからである。
日本は征服の対象としては不向きである。
何故なら、国土が不毛で、貧しい故に、求めるべきものは何もなく、
また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、
征服が可能な国土ではないからである
だが、中国を征服するとき、日本の軍事力は、非常に役に立つだろう」

10年以上日本に滞在したイエズス会日本布教長フランシスコ・カブラルは、
スペイン国王にあてた手紙に、中国征服の利点をこう書いている。

「第1に、シナ人全体をキリスト教徒に改宗させる事は主への大きな奉仕。
第2にそれによって全世界的に陛下の名誉が高揚される。
第3に、シナとの自由な貿易により王国に多額の利益がもたらされる。
第4にその関税により王室への莫大な収入をあげることができる。
第5に、シナの厖大な財宝を手に入れる事ができる。
第6にそれを用いて、すべての敵をうち破り短期間で世界の帝王となることができよう」
(つづく)


334 :
>>333 の続き)
カブラルは中国人が逸楽にふけり、臆病であるので征服は容易であると述べ、
その例証に13人の日本人がマカオに渡来した時に、2〜3千人の中国人に包囲されたが、
その囲みを破り、中国人の船を奪って脱出した事件があり、
その際に多数の中国人が殺されたが、日本人は一人も殺されなかった事件をあげている。

「私の考えでは、この征服事業を行うのに、最初は7〜8千、
多くても1万人の軍勢と、適当な規模の艦隊で十分であろう。
日本に駐在しているイエズス会の神父達が容易に2〜3千人の
日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。
彼らは大変勇敢な兵隊であり、わずかな給料で陛下にご奉公するだろう」

しかし、宣教師の裏の目的に気付いた豊臣秀吉は、1587年バテレン追放令を出す。
これは宣教師を追放し布教を禁じたもので、商人の来日は許された。
また日本人がキリスト教を信仰することも自由とされた。
さらにこの追放令の中に「日本人を南蛮に売り渡すことを禁ず」というのもある。
すでに九州などから日本人が奴隷として外国に売られていた実態があった。

バテレン追放令当時のイエズス会日本準管区長はカブラルの後を継いだガスパル・コエリョだった。
コエリョは、キリシタン大名だった有馬晴信のもとに走り、
他のキリシタン大名達を結集して、秀吉に敵対するよう働きかけた。
そして自分は金と武器弾薬を提供すると約束し、軍需品を準備した。
しかし、この企ては有馬晴信が応じずに実現されなかった
コエリョは、フィリピン総督にスペイン軍を送るよう要請したがこれも実現しなかった。

最近、秀吉の朝鮮出兵はスペインに対抗するためだったのでは
という説が出されている。
スペインが明を征服したら、元寇を上回る大軍で日本に押しよせてくるであろう。
秀吉は朝鮮出兵中に、フィリピン総督に手紙を送って
「日本軍が中国に至れば、フィリピンはすぐ近く予の指下にある」
と警告している。
(つづく)


336 :
>>334 のつづき)
1597年、秀吉は追放令に従わずに京都で布教活動をした
宣教師と日本人信徒26名をわざわざ長崎で処刑した。
キリスト教勢力に対するデモンストレーションだった。
一方イエズス会も、すかさずこの26人を「聖人」にするという対抗手段をとった。

秀吉との対立が決定的になると、日本を武力で征服すべしという声が高まった。
1599年、日本に15年滞在したペドロ・デ・ラ・クルスは
イエズス会に次のような手紙を出している。

「日本人は海軍力が弱く、兵器が不足している。
国王陛下が決意されるなら、わが軍は大挙してこの国を襲うことが出来よう。
この地は島国なので、九州又は四国を包囲することは容易であろう。
そして敵対する者に対して海上を制して行動の自由を奪い、さらに塩田その他
日本人の生存を不可能にするようなものを奪うことも出来るであろう。
このような軍隊を送る以前に、誰かキリスト教の領主と協定を結び、
その領海内の港を艦隊の基地に使用出来るようにする。

日本国内に防備を固めたスペイン人の都市を建設すれば
日本人は、宗教も文化も共にキリスト教的な統治を経験することになる。
多くの日本の貴人はスペイン人と生活を共にし、
子弟をスペイン人の間で育てることになるだろう。
スペイン人はその征服事業、特に機会あり次第、敢行すべきシナ征服のために、
非常にそれに向いた兵隊を安価に日本から調達することが出来る。」

大村純忠は軍資金調達のために、長崎の領地をイエズス会に寄進しており、
ここにスペインの艦隊が入るだけでクルスの計画は実現する。
秀吉はこの前年に亡くなっており、キリシタンとの戦いは、徳川家康に引き継がれる。
家康はキリシタン禁教令を出し、高山右近をフィリピンに追放した。
島原の乱を平定の後、オランダ以外の交易を禁じ、いわゆる鎖国へといたることになる。
これは鎖国と言うより、正確にはキリシタン勢力との絶縁と言うべきである。
(おしまい)


343 :
>>334 でスペイン人が言ってるのは
中国の征服に必要な兵力だよ。

その根拠のひとつとして、日本人13人vs中国人数千人で
日本人が勝ったこと。


346 :
>>339
何からって、アンタ
秀吉の次第はまだ戦国時代の続きですがな。
他の戦国武将から天皇の守るために決ってます。


347 :
>>348
13対千
日本人つえええ

こんなの見たら、誰でも中国なんか一瞬で占領できると思うよな


348 :
>>346
戦国時代の天皇って、そんな扱いだったっけ


349 :
イギリス以下の欧米が植民地化に成功したのは、単純化すれば
産業革命後の蒸気軍艦と高性能の大砲によるもの。

16〜17世紀の帆船時代では、スペインなどから極東への大艦隊の
遠征は不可能。
仮に攻めてきても、当時の西欧と日本とでは武器のレベルは同等。
戦慣れしてるという点で、むしろ日本の大名たちの戦力の方が上。

江戸時代の幕藩体制が、応仁の乱以来100年以上の社会的動乱を経て形成
された内発的な体制であるのに対して、明治維新後の近代国家は、ペリー
来航=開国後、欧米列強の圧力という外在的条件への対応として成立した。

ペリーやイギリスの日本への来航が遅ければ、幕藩体制はもっと長く続いた
だろう、という歴史学者の意見もある。

だから制度面での近代化は早かったが、反面で社会の習俗・慣習面では
本質的に江戸時代とあまり変わらない部分を多く残した。

日本の近代は、常に欧米化(西洋化・文明化)とそれへの反発(国粋・
民族主義)との間を振り子のように動きながら今日にまで至っている。


350 :
日本は1600年の段階ではかなりの強国だったし1850年頃でもやはり征服するには大きすぎる勢力だった


352 :
>>311
そもそも西郷は江戸で戦争を行う予定だったんだよ。
でも、それを英国公使のパークスに報告したところ、
パークスに一括され、江戸攻撃を中止せざるを得なかった。
勝との会談の時点ではすでに江戸攻撃の選択肢はなかった。

パークスが激怒したのは、江戸で戦争が起きれば、
居留地のある横浜が脅かされることと、生糸貿易が打撃を受けるから。

また、当時、横須賀にはフランス艦隊が停泊してたけど、
イギリスの艦隊は日本からはるか遠くにあった。
仮に薩長が江戸を攻撃しフランスが参戦するようなことになったら、
イギリスが押す薩長勢は敗北してた。


353 :
ペリーが開港を要求した港、横浜、神戸、函館、新潟、長崎に
共通するのは水深が深いこと。


354 :
植民地統治できるのはアフリカや東南アジアみたいな未開の土人国家だけというだけの話。

355 :
当時、野蛮人の未開地を植民地化するのは西洋にとって当然のこと。
日本についてはスパイの役割も担ってた宣教師など先駆者が日本人べたほめの書簡を本国に送っていた。
なにより産業が発達して貿易のうまみが大きかった。


357 :
イギリスはビルマ王国に対して
植民地になるよう一方的に通告、

ビルマ側が拒否すると武力に訴えた。
これを英緬戦争という。

3次にわたる英緬戦争に敗れたビルマは
1886年に英領インドに編入されてその1州となった。

国王夫妻はイギリス領スリランカに流刑され、その地で死亡。
王子も処刑。、

国王の娘、ファヤ王女は、イギリス軍の士官の従卒に与えられ、
貧困の中で死んだ。

イギリスの植民地政策の基本は分割統治。
仏教国だったビルマにも、このやり方で臨んだ。
年間50万人のイスラム教徒のインド人を入れ、中国人華僑も呼び込み
辺境の山岳民族をキリスト教に改宗させて、都市に住まわせ
治安権を与えて、少数民族がミャンマー人の上に立つようにした。

「外国人による搾取は上層から下層まで、あらゆる方面で暴虐さを加えていた。
巨大イギリス企業は上等の部分をすべて独占し、インド人と中国人の商人たちが
それに続いて中級の部分をほとんど手に入れてしまっていた」
(元ビルマ首相バー・モウ『ビルマの夜明け』)

イギリスは国王を追放したとき、ついでに黄金の玉座も持ち出した。
戦後、国連を通じて返還を求めたが、戻ってきた玉座は穴だらけ。
はめ込まれたルビー、ダイヤなどの宝石がすべて盗られていた。

最近、インドの新聞が、ファヤ王女の娘、つまり国王の孫の消息を伝えた。
「最貧困層に身を落とし、造花を売って生計を立てている」


358 :
なんで中南米は簡単に植民地になったのか不思議でならない。近代に比べたらスペインの船が来たからって物量もたかがしれてると思うんだが?


359 :
免疫を持ってない伝染病は現代でも脅威だからな
生贄やってるような文明レベルじゃパニックだろうよ


365 :

当時世界的にも同時代最強の乾隆帝が何故日本に攻め入ってこなかったのかを考えれば
列強が容易に日本を植民地化できなかったことは簡単にわかる。


367 :
究極的に言えばfar eastだからじゃ?んで対策する余裕とポテンシャルがあったと
250年も内政に専念できたんだもんなぁ、それでもギリギリだったし


368 :
欧米より中国の方が脅威だったんじゃないの?


372 :
>>34
薩英戦争で、江戸幕府から金品をたんまり積んだイギリス軍艦は、
薩摩を舐めきっていて、ちょっと脅してやれば済むと思っていた。
そして、当たり前のように薩摩藩士の身柄引き渡しを薩摩へ要求。

しかし、これに激怒した薩摩藩は大砲でイギリス戦艦を撃破。
このとき、イギリス艦隊の船長、副船長が即死。
一方薩摩藩もイギリス艦隊からの砲撃で城の一部が崩壊。
船長を失ったイギリス艦隊側は日本から撤退したが、薩摩藩はイギリス側から放たれた砲弾の形状が 日本の丸い形と違って尖っている事に驚愕。

イギリス側の砲弾を見て、イギリスとは敵対せずに同盟関係になり、武器の西洋化をした方が得策だとわかり、 勝った薩摩藩はイギリスに賠償金を請求せず、逆にお金を払い同盟関係を築く。

そして、統幕 − 日本の夜明け「明治維新」へと時代が動く。


373 :
>>372

  ∧∧
 ( =゚-゚)<薩摩も独自に製鉄や兵器工廠作って研究して 巨大砲の開発してたから
       船の上から正確に当ててくる アームストロング砲の実力に驚愕したんだろうね


374 :
>>372を訂正
薩摩藩士が在留外国人を斬り捨てた為、イギリス側が江戸幕府に謝罪と賠償を請求。
その金品をたんまり積んでたイギリス艦隊と薩摩の戦争になった。


375 :
>>370
一理あるよな
中国が半島を決して併合しなかったのと同じ
ロシアだって不凍港目当てでもなければ半島なんかどうでも よかったから


376 :
ガキの頃は何も考えずにキリスト教徒弾圧や踏み絵ひでぇwと思ったけど
これやっといて良かったな


382 :
あんだけ人口抱えながら列強になぶり物にされた中国っていったい何してたの?全員寝てたの?


383 :
>>382

<それがいわゆる 「眠れる獅子」と」いわれたゆえん♪
<清の属国だった朝鮮は 中国を眠れる豚と蔑み 日本に接近w


385 :
>>369
日本っていうか幕府がビビリ出したのってアヘン戦争の顛末を見てからだよね?幕府も軍備増強しだしたし そっから50年間あるけど経済的な不平等条約だけで済んだのはなんでだろ?
極東は中国の刈り取り優先で日本にそこまでかまえなかったから?


387 :
江戸時代の日本人がすでに文明人だったからだよ


389 :
>>385
単に戦争のきっかけがなかったからじゃねーの。
国際法の勉強をやり始めるし、その法に基づいて紛争を解決したからでしょ。

他方で、工業化もすごい勢いで進むし、欧米による搾取よりも日本が力を付けるほうが早かったってことじゃねーの。


390 :
>>382
中国は個人主義の国(というか国ですらない)
自分の利益のためには他人がどうなろうと構わないという根性を 欧米にうまく利用されたんだよ
日本は民度が高かったから植民地化を逃れた


393 :
>>386>>385
どんだけw
>>389
確かに日本は基本理知的だしな、致命的な隙を見せなかったってことか


395 :
キリスト教に染まらなかった事は非常によかったと思う。


396 :
>>392
経済的優位を保つのが一番コストパフォーマンスいいよね


398 :
 日本人は、二世紀もの間、自分達で生きてこられたし、それに満足していた。
つまり、日本人は大多数の人を満足させる文明をつくりだしていたといえるのだ。

事実、彼らの文明はそれほど深く根を下ろし、彼らと一体化していたから、二十
世紀になって日本に流れ込んできたダイナミックな西洋文明の本流にも、毅然と
して立ち向かうことができた。

                    ヘレン・ミアーズ著「アメリカの鏡:日本」より


404 :
みな、開国して近代化して強い軍隊を作ったという当たり前のこと忘れてないか?


407 :
いち早く欧米化を取り入れ、まともな近代兵器での武力があったから
これに尽きる


415 :
海軍だけで攻め落とすには、でか過ぎる島。
安価な陸軍動かすにも長距離輸送船が大量に必要。
侵略・占領する費用対効果みれば間違いなく大赤字。


421 :
>>415
中国はさんざん侵略したけどね>西洋


422 :
資源も特産品もないからな。


424 :
実のところ、一番大きかったのはアメリカの存在。これが最初にやって来て、
いきなり条約を結ぶ事に成功してしまったから、ヨーロッパ諸国の足並みが乱れた。
時期的に南北戦争直後だったアメリカは、巨大な島国状態で、あまりヨーロッパと
関係を持とうとしなかった。あと色々な意味で嫌われてもいた。

当時の日本が情勢を把握していたとは思えないが、結果的にその後の世紀を支配
する事になる一匹狼の嫌われ者国家と組んだ、これまたアジアのはぐれ者国家、
という構造になった事が、日本が大国間の取引の道具になる事を免れた理由。


426 :
>>424
当時幕府はかなり情勢把握してたみたいよ
ロシアとの問題もあったし、結構敏感になってたでしょ


430 :
あと、当時はアメリカって「最も離れた国」じゃなかったかな。
ペリーもインド洋回りで来ていたと思ったが。

飴と条約結んでもそう簡単に大兵力を送ってくる事は できんだろうという期待があったかもしれん。


431 :
>>407
それに加えて
中央集権型の国家体制、法制の整備
近代技術と産業の振興、鉄道の整備


432 :
さんざんガイシュツだろうが、幕末〜明治初期という最も危ない時期に、列強が
それぞれ忙しくて、日本侵略どころじゃなかった。
あと、兵力の少ない列強の軍が、侵略を成功させるためには「分断して統治する」
が鉄則で、現地で"寝返る"勢力が必須。大陸国家と違って、劣勢にある側ですら、
外国の力を利用して、敵対勢力に勝つ、という発想が、日本人にはあまりなかった。
また、そうやって懐柔するだけの日本語の語学力も、外国勢力にはなかっただろう。


433 :
幕末の人たちが外交センスはあったんでないかね
イギリスが薩長に援助申し出たとき、西郷は 「日本の政体の変革は、日本人の手で行わねば面目ない」 と言って断ってるし、慶喜もフランス公使の軍事援助を断ってる


437 :
イギリス初代駐日領事オールコックの言葉

「物質文明に関しては、日本人が、すべての東洋の国民の
最前列に位することは否定しえない。

機械設備が劣っており、機械産業や技術に関する応用科学の知識が 貧弱であることをのぞくと、ヨーロッパの国々とも肩を並べることが できるといってもよかろう。

中国人はそのうぬぼれのゆえに、外国製品の優秀さを無視したり、
否定したりしようとする。
逆に日本人は、どういう点で外国製品がすぐれているか、 どうすれば自分たちもりっぱな品をつくり出すことができるか、 ということを見いだすのに熱心であるし、また素早い」

オールコックは日本に来る前、15年間中国に赴任していた。

下関砲撃では、アメリカ領事ハリスが穏便にすまそうとするのを 報復を強硬に主張して、行わせた。
これがイギリス本国からもやりすぎとされて、北京公使へ転出させられた。


442 :
日本人の宗教的でありながら絶対神を嫌うプラグマティック な精神が今日の日本の基礎なんだろうな。それは極端な格差 を是としない合理的社会性に反映されている。

ここでいう絶対神とは中東発の神々やマルクス、排他的仏教 紛いのカルトを指す。


444 :
>中国人はそのうぬぼれのゆえに、外国製品の優秀さを無視したり、否定したりしようとする。

これは今でも基本的に当てはまるなww
中国人は自分の能無しぶりを理解できないからなww


448 :
日本人の宗教は“強すぎる”同胞への愛ともいえるが、これは必ずしも 排他的なものではなく、共存共栄できる心根の人たちなら仲良くやろう ということだと思う。 

だがこれは現実的には結構むつかしい。 EUの人たちは比較的社会的 道徳・価値観に共通のものはあるが、やはり人種的・民族的な壁の存在 は否定できない。


453 :
プロテスタントというかアングロサクソンはかっては質実剛健で勤勉でも
あって彼等は契約を守る民族という信用はあるが彼等の契約は非常に二重
基準で蹴散らせる相手に対しては約束を守る気持ちなど微塵も無い。

我々と先祖を共有するアメリカ・インデアンと初期のアメリカ移民とは
400回以上も話し合いによる契約を結んだが、そのことごとくは白人
側の一方的蹂躙により破棄されている。 Might is Rightだね。

アメリカ・インデアンならぬご本家インデアンに対するイギリスの統治
は将にそうだったろう。こっちは同じコーク同士なんだけど。アラブに 対しても同様。


454 :
薩英戦争でも イギリスは勝ったけれども、艦砲射撃だけ 陸上戦じゃ、日本を占領できないと理解した

当時 日本の人口3000万人だろうから イギリス兵士50万人〜100万人は必要

そんな莫大な経費はかけれれないと理解したんだろ。



456 :
あれだろ
外人に無礼があった奴らを一列に並べて切腹させて首をはねたり というのを外人の目の前で「詫び」としてやる国だったから 恐すぎたんだろう


457 :
馬関戦争では、海上では勝てなくても 陸地なら勝機はあると、長州兵が待ち構えていたが
結局、上陸軍に手も足も出せずに砲台を占領されてる。


459 :
ブラックホークダウンと同じ

いくら近代兵器装備してたって、
大量の原住民相手じゃ戦いたくない。
大兵力で圧倒して逆らう奴は虐殺しまくるくらいの
覚悟なら占領も可能だろうが。


464 :
>>456
ただ、首をはねるだけじゃねーぞ。首をはねるのは殺されるわけだ、
切腹は自分の意思で死ぬということを見せ付ける行為。
嫌々死ぬのではない、死を怖れないという覚悟を見せ付けるわけだ。
堺事件での土佐藩士の切腹なんか壮絶。
フランスが無理難題つけて罪人だして殺せば、ビビルかと思ったら、 罪人が全然びびってなくて、自ら腹斬って死ぬ寸前まで反抗的な態度をとれば焦るわ。

>切腹の場で藩士達は自らの腸を掴み出し、居並ぶフランス水兵に次々と投げつけるという行為を行った。
>その凄惨さに、立ち会っていたフランス軍艦長プティ・トゥアール(Petit Thouars)は、(フランス人の被害者数と同じ)
>11人が切腹したところで外国局判事五代才助に中止を要請し、結果として9人が助命された。

堺事件


467 :
当時の覇権国イギリスの政策転換が大きい。

武力で植民地にする軍事費や維持費を考えると、 単に市場として貿易した方がもうかると
方針転換した。

アヘン戦争も、領土目的ではなく、 開港して、イギリス商品を買えが目的。
「すべての中国人にイギリス製靴下をはかせる」がスローガン。
そしてもっとも魅力的な市場が中国だったから 日本はほっとかれた


468 :
ミャンマーで王族を殺して、他民族を入植させたたり、民主化の美名の元に独立煽ったり、
やりたい放題しているけど、日本は王族残っているからラッキーだね。

超危機的状況となったら、天皇の元に臨時政府作れる。
今後、自民/民主というレベルでなく、大日本帝国/日本国くらいのドラスティックな転換での混乱が最小で済む可能性が高い。

江戸末期の天皇の求心力がどれほどあったかは分からないが、そういったものを
芯にしてナショナリズムを作り出し、国をまとめるという方法論は学んだからね。



470 :
ただの島国の日本に魅力がなかったから 以上


471 :
>>467
そこでアメリカやフランスですよ。
インド・中国でとりあえず満足してたイギリスの隙を狙って、 東南アジアからフランス、太平洋渡ってアメリカが日本に目をつけた。

ロシアとかも着てたけど、 アメリカがかなり本気というか戦争する覚悟で日本を開国させたかったのは対イギリスのため、 その後にフランスが日本に接近してるので幕府軍とかフランス式軍備が多し、 パリ万国博覧会に日本が出展するわけだ。

逆に幕府もその辺の事情がわかっていたから、イギリスと対抗するならアメリカやフランスでしょうがないなという考え。

日本は当時のイギリス、フランス、アメリカという三カ国の間をうまく泳ぎきったという考えもある。


475 :
教育水準 エリート層の尚武精神
秀吉のバテレン追放、豊富な銀
世界情勢を常に注視し、特定の国とだけ貿易 ローマ法王がトルデリシャス条約で日本を境に世界を2分割したので スペインポルトガル双方が牽制し合った地政学。


479 :
1、当時米国は南北戦争、英国はセポイの乱と問題をかかえ極東の島国を攻める余裕がなかった

2、四面海でかこまれ、実際に攻めるとしたら補給線の継続が難しい。

3、さらに苦労して日本を植民地にしても、資源がほとんどなく得るべきものが
ほとんどない。よって帝国主義的支配よりも交易による利潤を優先した。


480 :
スペインがマニラまで来ていたから、秀吉は明を征服しようとしたって説が納得できるなぁ。
昔から危機感を持って対応してきたんだろ。


481 :
当時世界最強だったスペイン王 フィリップ2世に 喧嘩を売った秀吉がいる国は伊達じゃない。


484 :
>>479
当時の日本は資源はあったよ。
当時の日本は銀がたくさん取れた、
石見銀山が世界遺産登録されたのも、当時の世界の銀産出量の三分の一を誇ったから。

で、開国させられるとその銀が一気に海外流出して日本国内で経済混乱がおきるわけだ。

また、日本とフランスの関係が深いことも忘れてはいけないぞ。
フランス引っ付いたりアメリカと引っ付いたりする外交が結果として成功したという点もある。
その後、新興国ドイツと引っ付こうとする明治政府も強か。
内乱も最小限で済んだのもね。


493 :0
技術や情報の価値を見抜く眼を持っていたから


500 :
中国は土地を売って外人に住まわせた。
また警備も外人任せにした。
だから当然外国は、軍隊で自国民を守らざるを得なかった。
日本は施設を自分で立てて外国に貸した。
警備も日本が責任をもった。
だから外国は軍隊をつれてくる大儀名分を持たなかった。
中国が蚕食されたのは自分の愚かさのせい。


501 :
>>500
日本も明治時代の初めまで開港地には外国軍隊を駐留させていたぞ?


502 :
>>435
最盛期だと織田が20万くらい。
2万以上軽く動員できたのが伊達、北条、上杉、武田、毛利、長曽我部、大友、竜造寺、島津。
統一豊臣が総動員かけたら50から60万。
匹敵できる動員できたのは明くらいかな。


503 :
平和だったらやばかった。
地方ごとに団結して争ってたから侵略しにくかったんだろう。
国内の人間が攻めあぐねてるのに外人が来たってどうしようもないwそれが僥倖


504 :
>>503
逆だよ。
平和じゃなければ、そこそこ強い一つの勢力に肩入れして武器を売って介入していく。
戦国時代もそうだった。

が、最初に力を持ったのが、
自ら神だと思っちゃうくらいのクレイジーな信長で キリスト教を利用してるのに、九州の大名みたいにキリスト教にならない変な奴で、 その後天下統一しちゃった秀吉の時点で侵略情報がばれてしまったり、 スペインがまけたりしてキリスト教が締め出された。

その後、幕末にもう一度アメリカなどが侵略しようとしたときにも 同じく薩摩や長州を使って取り入ろうとしたら、 分裂しそうになったら、大政奉還しちゃって統一国になって交渉し始めた。
にも出てるが、アングロサクソンは 「契約さえ守れば何やっても許される」という傲慢な点と、 「一度結んだ契約だけは一応守る」という律儀な点が存在して何とか交渉で乗り切れた。


509 :
>>328
寺子屋の制度はそういう現実的な効果もあるが 幼少期に知的行為による適度な脳の活動が
後年 国防や経済に大きな貢献をする人物を輩出する割合が高くなったと俺は思っている。

それに全体的知的水準が高ければ 宗主国に旨味のある植民地経営が住民に受け入れられないだろう。

つまり今まで僅かな土地を耕して僅かな収入で暮らしていた無教育の人間が
入植者の作ったプランテーションで一年間安定して今まで以上の収入が有れば納得してしまうが
残念ながら無教育の人間は自分がやればもっと儲かる事に中々気が付かないだろうし
気が付いても効果的な対処方が思いつかないから入植者にとっては都合がいいと思う。

逆に日本に来た外国人は 日本人の教育水準の高さと経済的な発展と武力の強さを見て
日本では入植者の旨味のある従来型の植民地化は不可能だと判断したんだろうな。


513 :
>>509
そもそも、アメリカの日本開国の最初の目的は捕鯨での水や食料を補給基地にするのが最初の目的。

わざわざ占領や戦争するより、現地民が水や食料を出したりしてくれたほうが効率的で旨みもあるし、 上にもあるが、あくまで「アメリカ製品を買ってくれればよい」という感覚が欧米人は先に立つ。
植民地支配や戦争は、卵が先か、鶏が先かという面もある。
わざわざ卵を産んでる間の鶏を無理に殺して肉にして、
卵を産ませないリスクを犯す必要はなかった。


517 :
>>481
スペインは一度も世界最強になどなったことはない。
世界の覇権がスペイン−>オランダ−>イギリスと移り変わったという人が
いるけど、イギリス以外のスペインとオランダは雑魚。
両方とも日本やユーラシア大陸の大国の敵じゃない。


520 :
なぜ植民地化を免れることが出来たか、その理由は、

・近代化の担い手である中間層(下級武士・富裕な商人・豪農、自作農)が存在したこと
 (西洋の革命の担い手がブルジョアやジェントルマンだったように)
・日本オリジナルの民族主義思想が国学の研究を通じて育っていたこと(尊皇攘夷)
・識字率が高く、尊皇攘夷思想や開国論が多くの国民に理解されたこと

この3つに集約されるんじゃないか。
そしてこの条件がそろうためには、政治体制が封建制=中世の段階に到達していることが
必要だったと思う。
封建制社会の段階に到達できたのは、世界中でヨーロッパと日本だけだ。


523 :
>>520
そんな綺麗事をいくら並べても強大な科学力や軍事力の前には平伏さざるを得ない
望むと望まざるとに関わらず列強が欲しければ支配するし欲しくなければ放っておく
日本は幸いにも不平等条約程度しか結ぶ価値がなかった
それともまさか列強の軍隊が「日本は素晴らしい国なので植民地には出来ませんでした」とでもいったのか


528 :
侵略者は必ず司祭を伴っていたのはなぜか?
抵抗心を挫くため。


530 :
欧米から離れてたから植民地にならずに済んだというレスが 結構あるけど、欧米に近かったら、日本のほうが当時のスペインや イギリスみたいな覇権国になってたかもよ。


536 :
>>530
一番ベタなのは文明国だった、じゃねーの?
中国やインドみたいな、曲がりなりにも抵抗できた国と比べるから
遠かったからって思うんだろうけど
オーストラリアや東南アジアみたいに、
あっさり植民地化されなかったのはある程度の国力を持ってたから


537 :
>>520
朝鮮では、日本が来るまで攘夷を実行して、結局つぶれたわけだが
日本は攘夷をやめて開国に方向転換したからうまくいったんだろ


540 :
当時の欧米の視線で見てみれば判る。
彼らが植民地にするのは相手が非文明国に限られる。
土人は人間とみなしてないが
社会文明があれば自分らと同類と見る。
日本は当時すでに高い社会体制を築いていた。
ペリーの報告を見ればアフリカやアジアの国と
違うことを強調している。


542 :
元を辿れば、キリスト教というカルトを排除したからだろ。


543 :
運がよかたから


544 :
欧州から遠く、産物がなかった
当時の位置的にも市場として魅力が薄かった
新興国のアメリカの植民地になりかけたが台頭のおかげで助かった
そんだけだろw


547 :
>>395
>キリスト教に染まらなかった事は非常によかったと思う。

上層部の洗脳と便益供与には成功していた訳で、 信仰の自由と宗教を装った浸透工作の峻別は難しい。


551 :
>>167
国が滅びる時は、外からの圧倒的な軍事力で潰されるより、内部分裂で滅びるパターンが圧倒的に多いからな。
その点で言うと、今の日本は幕末よりも危ないかもね。
民主党とか居るし。


553 :
なぜ日本は独立を保つことができたか?
おまえらちゃんと議論したか?

正解は、第1に日露戦争で勝利したから。
日露戦争に負けてたら、その時点で日本はロシアの属国に落ちぶれてただろう。
付け加えて言うと、もし太平洋戦争で半端な戦い方をしていたら、
やっぱり植民地化されてただろう。
曲がりなりにも独立を保てたのは、天皇を中心とした日本の軍事力や国力を
アメリカが畏怖したから。


>>445
そう見せかけているだけじゃないの
安保のお陰で、太平洋のくそ広い海は日本とアメリカで実質山分けだしな
権利や信用じゃなく、地政学的にそうなる
これはアメリカの国益にもなるし日本の国益にもなる


559 :
支配する価値がなかっただけだろ?


560 :
>>552
>英国のパシリとして危険な火中の栗を拾わされながら
英国のパシリになるのはほんの一時期で、
幕末はアメリカのパシリやフランスのパシリも多く、
その後プロシアなどドイツにも日本は擦り寄ります。
外国勢力と一つにまとまっているのと思ってるのならそこが錯覚してる。
欧米も常に互いに牽制しあって敵対国の集まり。
日本だけを相手にするほど欧米も暇じゃない。


561 :
幕末について言えば、勤皇佐幕を問わずアヘン戦争の経緯を熟知 していたことがあげられる。外国への脅威、外国からの干渉を 許さないという認識がどちらにもあった。

長州が英国軍を砲撃して負けたとき英国側は島の割譲を迫ったが長州は拒否した。

外国に 拠点を認めたら後々たたることを理解していた。
徳川慶喜もフランス側の支援申し入れを受け入れなかった。

これと対照的なのが李氏朝鮮。清国に頼ったりロシアにすがったり日本をあてにするのもいたりした。その後の経緯はご存じのとおり。


562 :
当時の欧米の御家事情で日本まで手が回らなかった、運がよかったと言うことと
日本中に1mもある剣をぶらさげて、識字率が示すよう勉学にたけ、
尚且つ、国が二分するような内乱をせず、西洋列強につけいる隙を与えなかった。
と言うことらしい。



563 :
長い歴史と独立性を保ってたから。
国内で分裂しそうだったが、根底には天皇を絶対視していて、頂点は不動な為
常に外敵に対し、国を挙げ排除してきた

幸いにも、日本に侵攻する諸外国同士の微妙なパワーバランスが日本に味方した。
極めつけは、植民地化するメリットが無い。

近代において共産勢力を牽制するアメリカのみ日本を重視。
キリスト教伝来以後、江戸時代に至るまで極東の島国を軍事的に攻略する意味は無い。
この国の地理と歴史に感謝


564 :
>>563
アメリカについては、地政学的に 今も「日本は太平洋を挟んだ隣国」という日本は認識なんだよな。
アメリカ海軍はほぼ北太平洋を自由に動けて、インド洋から中東に動けるのは沖縄基地があるから。
逆に中国にとっては海軍を動かすには日本はやはり邪魔。

だから、アメリカは常に日本を開国させたかったり、植民地化や従属させたかったりするわけだ。
逆に他の国奪われるのも嫌だから、ある程度日本にアメも与え続ける。
中国はその逆。

太平洋利権が生まれて、日本の地政学的意味は変わった。
だからこそ、アメリカも敗戦後分割統治させなかったわけで。


565 :
>>18
> 「なぜ日本だけが植民地化を免れることが出来たのか」
>
> 元をたどればキリスト教を排除したこと。
>


566 :
朝鮮半島ってのは、日本が行かなきゃ、ロシアやイギリスに蹂躙されてただろうな。
イギリスは南部一帯を植民地化した可能性あり。
ロシアは北部から領土拡大で侵攻していき、半島の殆どがロシアになってたな。
海のほうからイギリスor欧州列強が来なければ、完全にロシア→ソ連の中のコリア共和国になってたな。


575 :
一流の学者=一流の戦士って国はなかなかないんじゃないのかな?
武道の本質が、力じゃなく精神性にあるのを知らなかったのが敗因だろう




577 :
日露戦争に勝利したからだろ
それまでは文化レベルや経済レベル上げても 相手にしてもらえず不平等条約は解消できなかった
関税権握られてる時点で半分インド型の植民地じゃないか


578 :
>>556
中央銀行制度が正にそうともいえるな
日銀の大株主は欧州人とも言われてるから


>>564
そう
二国間であの広い海を実質使い放題
契約や信用より地政学的に言うと
結果としてどっちも利になる
中露になると嫌でも緊張を生んでそうも言ってらんないから、今の亡国利権に食われてる日本の状況はアメリカにとっては良くない
もっと重要なのは、日本をどこかが制圧すると中露にとってもマイナスになる点
よって、中露にとっても今の日本の状況は良くない
日本がくたばると、何でも改良して作ってくれる人が消えて、結局は自分らの暮らしもやばくなるからな
一時的な欲に溺れて、大局を見落とすという
ユダヤも無から有を生む事が得意なだけであって、改良は歴史的に地縁の持ちにくかった彼らでは得られなかった力
その本質に気づくかどうかが鍵なんだろうね


587 :
>>573
日本がロシアに勝ったのに他国のさまざまな要因があったのは事実だが
勝ったのは事実。

その後に勘違いして暴走などというのはまったく事実と違うな。
だいたい、その間に第一次世界大戦もあったろうが。


588 :
>>573
30点。
日本が何故勝てたか、がテーマじゃなくて、
日本が何故独立を保てたのかがテーマなんでね、
日露戦争に勝ったから、が正解。

イギリスのおかげで勝てたというのも間違い。
何故勝てたかと言えば、陸海軍創設以来、
この時のために準備を怠らなかったからだよ。
イギリスはただ、裏でサポートしただけ。


589 :
>>587 >>588
日露戦争が、もっと長く続いていたら
日本に戦勝の目はあったのでしょうか?

ロシアが戦争を打ち切った理由はなにでしょうか?
また、日本が独力では冒険過ぎる日露戦争へ踏み込んで行った理由は?



590 :
>>588
>>>573

日本の海軍の主要戦闘艦は、どの国製でしたか?
それの戦闘運用能力は、どうやって短期間で獲得しましたか?

ロシアが金にあかしても戦闘艦の購入に失敗したのは何故ですか?



591 :
>>589
そもそも、ロシア側に継戦能力が無くなったんだから、
そんなIFは考えても意味が無い。
打ち切ったんじゃなく、ロシア海軍は壊滅し、敗戦で軍の規律が 保てなくなって継続できなくなったんだろ。

開戦に踏み切った理由は、ロシアの南下政策を防ぐため。
見過ごせば、いずれ日本はロシアに飲み込まれていただろう。


594 :
>>590
俺は日本だけの力でロシアに勝てたなんて言ってない。
しかし、外国の技術を短期間に吸収して優秀な陸海軍を創設できたのは、
明治の日本人の血の出るような努力があったのは間違いない。


595 :
>>590
同じように欧米から武器弾薬を買い漁った清はどうなった?


597 :
当時の欧米人はチョンマゲを恐れていたからな


598 :
日清戦争のときのビスマルクの言葉

「この戦いは日本が勝つだろう。
中国人と日本人では、西欧文明にたいする取り組み方がちがう。
日本人は西欧の哲学書だの法令集を購読して、 その本質を会得せんとする。
中国人はひたすら西欧から、高性能の武器を買いあさるのみ。
なるほど西欧の武器にたいする目利きはなかなかのものだが、所詮それまでのこと」


600 :
>>598
日清戦争についてはな。
中国は「でかい大砲持ってるほうが強い」という発想から抜け出せない。
今でもそうだ。
ロシアは敵として格が違ったからな。
当時の強さで言ったら

アメリカ >>> ロシア >>> 清


603 :
>>602
明治人のしたたかさを学ぶべきだよね。
日露戦争のころは、本当に亡国の危機だったんだから。
今の時代に生かすべきという意見には同意する。


605 :
1856年 ハリスの日記 下田領事館設置について
「これは日本の終わりの始まりである。開国は真に日本のためになるのだろうか・・・」

開港ってそもそも祝うものか?無理やり又を開かされたのでは?


613 :
>>598
さすがに観察眼が鋭い
中国には「学問のススメ」がなかったし、もし著されてもベストセラーにはならなかっただろう
その差だな


620 :
なんだかんだいって確固とした政府(江戸幕府)があった。
鎖国とかいいながらも、欧米列強に関する情報収集を怠らず
外交初心者にもかかわらず今の政治家よりマシな交渉をしていた。


621 :
このスレは植民地と同盟国の違いもわからない馬鹿どもが多いようだな
植民地植民地いうやつは、植民地とはなんなのか調べてから言え


622 :
第二次世界大戦時、亜細亜は、タイと日本を除いて全域白人の植民地であった。
亜細亜人は植民地支配下の奴隷の身分であり、其処に人権は存在しなかったのだ。
日本はこれらの解放を大儀に掲げ、
イギリス、オランダ等を打ち破り、
対アメリカ戦と言う戦術レベルでは敗れたと雖も、
結果として亜細亜を白人から解放するという戦略的勝利を得たのである。

欧米列強は持っていた植民地のほぼ全てを失った。
日本が先の大戦を戦わなければ、亜細亜人は、いや我々でさえ白人の奴隷となっているであろう。
ハルノートを突きつけられた時、大日本帝国は、奴隷としての生ではなく、サムライとして死ぬ事を選んだ。
大日本帝国は、亜細亜を数百年に渡る白人の植民地から解放した、歴史上の英雄国家である。

■イギリス
◎アーノルド・J・トインビー 歴史学者
「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、
むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。
その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、
過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」
(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)

■タイ
◎ククリット・プラモード 元首相
「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、
生まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体だれのおかげであるのか。
それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。
12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。
さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない。」


623 :
地理的に興味なかっただけじゃね?
むしろ早くに植民地になってたら原爆なんて落とされずに済んでたかも試練


624 :
>>623
ロシアは喉から手が出るほど不凍港を欲しがってた
じゃねなんて言うな


626 :
戦国時代のスペインやポルトガル、江戸末期のアメリカは侵略行為をそもそもしてこなかったけど、
不凍港欲しさに本気で南下してきたロシアを退けたというのはすげえよな


629 :
>>626
戦後時代の頃のテクノロジーじゃ日本は
遠すぎて直接支配するほどの軍を遅れなかっただけ その代わりがキリスト教の布教活動だろ
開国時の時アメリカは南北戦争の影響で日本に手を出す余裕が無かった
その代わり倒幕側にはイギリス、幕府側にはフランスが付いてじっくり支配しようと企んでいた


633 :
>>629
アメリカが何もしてないなんて、とんでもない

徳川 慶喜が1868年1月27日鳥羽・伏見の戦いで大坂城を退去する際
アメリカ軍艦「イロコイ」号に保護されてから 軍艦「開洋丸」で江戸に移ってる


635 :
1)法治国家だった
 法が整備されていて、国家の代表権が明確であり、外国人を巻き込んだ事件に対して 
 適切な捜査と法の執行が行われているのなら、国権の及ぶ範囲を領土とする国家として認められる。
 そうでなければ 未開拓地として宣言した国が領有するという国際法があった。

2)文明国であった
 植民地主義は「文明国は未開国を植民地化して文明に導かなければならない」という理論的背景をもつ。
 すなわち、文明国であると認められれば植民地時代では植民地となる根拠を失う

3)武装していた
 薩摩ー英国戦争で双方とも相手の力量を理解するようになった。
 アヘン戦争の時の中国人と違って「女性便器を並べて英軍の攻撃に対抗する」などという無知蒙昧なことはしなかった。


636 :
20世紀初頭まで強いことは正義で弱いことは罪な時代だったからなぁ。
つーか、戦国時代から現在まで潜在的先進国じゃないの日本は・・・


637 :
>>633
でも当時のアメリカは、日本に領土的野心みたいなものは なかっただろう。
南北戦争直後。ハワイだって併合できてない。
キューバはスペインが支配してるし、アメリカ大陸の国境問題でイギリスとも対立してる状態。

>>489 にあるように、遅れてきた大国のアメリカとロシアは
すでに権益を独占してる列強と対抗する点で、日本の立場と近い。
むしろ日本を抱き込もうと考えていたのではないかな。


641 :
>>635
概ね正しいが、
法治国家だったのではなく、明治維新後法治国家となった。
明治維新後、文明国を目指して努力し、文明国と認められた。
武装に関しては、日本開闢以来、得意分野だった。


642 :
中国の場合

1)法治国家では無かった

 外国人を巻き込んだ事件が起きると「そこは中国の王権の及ばぬところである」などと言って国際法を知らない
 官僚が逃げ回っていたので法治国家と認められてなかった。 
 領土放棄とみなされてもしかたがない。

2)文明国では無かった
 今でもそうだけど 中国人の態度は文明人のものとは思えない。
 法は破るためにあると心得ているわ、約束は破るわ、外国の知識を認めず 中国は世界一と宣言するのが大好きだった。
 欧米人は、中国人との交渉には約束ではなく鞭で叩くのが最も効果があることを発見してしまった。
 中国人も白人を見ると卑屈に命令に従っていた。

3)近代的な武装をしていなかった というか科学が衰退してて全然ダメ

 アヘン戦争の時の中国人は 「あれは男性の尿を使った魔法なので女性便器で対抗できます」という宮廷占い師の進言に従って
 英軍の砲兵部隊にたいして女性便器を並べて対抗した。(中国の歴史 講談社 中国人執筆より)
 こんなんで勝てるわけがない。


643 :
>>622
トインビーの言葉がよく言い当ててる。
日本は開国以来の当初の目標を正攻法ではなくとも、結果として達成できたんだろう。
世界は白人中心主義による、人種階級社会というべき事態の到来を迎えずに
むしろ人種平等による、国家文化の相互尊重がなされる世界となった。
これは日本国が当初目標としていたものだろう。

今現在の日本が真の独立国たるかは疑問だけど、植民地ではないのは確か。
むしろ独立国たる国家も大国の力の前には容易に屈せざる得ない状況は
今も厳然たる事実であって、真の独立国とかいう表面よりも
日本の発展・安定が達成されているかが内実として重視されるべきだろうな。
その点では日本は最善たる状況ではないにしろ、次善ではある。
もちろん真の独立が可能なら、それに越したことはないだろうけど。


644 :
言葉にしたらアレだけど、日本に来た外国人がこの国はやばいと思ったのは確かだろう。
攘夷運動も盛んだったからこの辺も関係してると思うね。


647 :
>>635
ところで薩摩の軍費は奄美を搾取して捻出したことを忘れないでね。
おかげで島人は塗炭の苦しみを味あわされたんだから。


648 :
俺なりに考えると

攘夷運動 刀持ったサムライがウロウロしてた。焼き討ちや生麦事件
治安良好で、自らも大きな問題は起こせない。
民度高く、敵性ではない。
独自の文化がある。下手な先進国の田舎よりも栄えている。
商売が出来た。メキシコ銀貨1枚=一両、これを持って本国に帰ると一両=メキシコ銀貨5枚船員の稼ぎになっていた。


つまり、狩りをしなくても利益が出るし、下手なことをやって狙われるよりも普通の商売相手とした方が賢明と考えたのではないかな。
仮に戦争したら勿論負けはしないけど、占領はほど遠いし、ゲリラ戦などやられたら事実上の負けになる。
(現にイギリスは薩摩と交戦して戦略上について言えば大負け。)


649 :
>>641
幕末に来日した外国人の記録

イギリス公使オールコック

「形式的外見的に一般民衆の自由があって、
民主的な制度をより多くもっている多くの国々以上に、
日本の町や田舎の労働者は多くの自由をもち、
個人的に不法な仕打ちをうけることがなく、この国の主権をにぎる人びとによって
ことごとに干渉する立法を押しつけられることも少ない」

プロシャ使節団ヴェルナー
「幕府は、土地を強制収用することもできない」


650 :
>>645
日本は明治以前に法治国家であったか?
少なくとも法治という概念は無かったろうね。
江戸幕府の発した法令なんて、法律ではなくて命令(絶対権力による下令)だから。


651 :
>>650
法制定が誰によって行なわれるかって話と法治体制をごっちゃにするのは如何かと・・・
將軍ですら法を守らなければならなかった国ですぜ。


652 :
法治とは、時の権力者でさえ、法の下で裁かれるということだからね。
明治以前にはありえなかったろう。


653 :
>なぜ日本だけが植民地にならずに済んだのか
御先祖が体を張って、自衛のために戦争をしたからだ。


654 :
「法治」という言葉をどうとらえるか。江戸時代や秦の始皇帝の時代も法治と言う場合もあるけど、
普通は西洋近代国家の基本原理としての「法治」≒「法の支配」であり、
明治以後憲法制定により後者へと移行したと考えるもんと違いますかね?


655 :
>>653
まさにそのとおり

>>654
正解


656 :
戦国時代に来日したイギリス人ウィリアム・アダムス

「彼らの法規は偏らず、すべての違反者に厳しく適用される。
彼らは人道にかなった方法で支配され、 世界中で彼らよりも人道的な法律をもって
正しく支配されている国民はいないと思う。」


657 :
>>654
間違い、江戸時代もちゃんと法による支配だっただろが。
將軍も法に従うことを要求されたし、大名も法によって裁かれたでしょが。


660 :
近代化に失敗した国というのは、外国から金借りて、いろんなものに投資して
近代化をめざすも、債務の返済に苦しんで、植民地に転落っつーパターンが多いよな。
日本も鉄道をもったり、軍艦をつくるために借金したが、よく返したもんだよ。


661 :
土地の管理も戸籍の管理もできて
法令を発布すれば全国に伝達できる情報網があった
拠り所となる君主として天皇がいた

だから速やかに体制の移行ができたし混乱も最小限で済んで
外国に付け入る隙を与えなかった
「未開の国」じゃないんだから


664 :
今は日本債権国だけど、近代化の当初は外国から金を借りまくらないと
やっていけなかった。外国から金借りるってのは怖いんだよね。でも
借りまくるしかなかった。


665 :
>>650
「式目、法度」 日本も昔から法治国家ですよ。


667 :
西洋はアフリカインド東南アジア中国と来て、
アメリカは西海岸、ハワイ、フィリピンと来て、
白人が全部できると思ったらエチオピアとタイや日本だけ、だったかできなかった
地理的に恵まれてたともいえるが、とにかく日本は人種差別や植民地支配の流れを変えたはず もう少しは学校で教えるべきかも。


673 :
オランダ人はインドネシアを植民地にしたが、
そのオランダ人も日本とは200年も平和的に交易をしている。

スペイン人のピサロはインカ帝国を征服したが、
ピサロの手勢はたったの170人だった。
アステカ帝国を征服したコルテスの兵は500人だった。
いくら銃があったと言っても
170人では当時の対馬だって征服できないだろう。
結局はパワーバランスの問題だろう。


674 :
まー明治の人達はバイタリティーあったよな
当時日本の存在は驚きと言うか衝撃に近いものがあったはず、
その後に活かせなかったのが悔やまれるは。


677 :
土地が狭くて、資源がないからだろ。


679 :
資源がなくとも戦略上重要なら占領されてるよ。


684 :
日本が戦闘好きの戦闘民族だったからだろ。
火器も大量に持ってたしな。

のほほんとした村長と農民だけだったら植民地だっただろうな。


685 :
尖兵であるスペインの宣教師がこの国と戦争しない方がいいと行ってるね。
本国には益のない事だと送ったようだが、本当に攻めてきたら西班牙フルボッコじゃないの。


686 :
戦闘好きなだけでなんとかなったならアステカなんかも征服されなかっただろう。

まあ国民性じゃね?
驕らない、勤勉、新しもの好きと進化に必要な要素を全部持ってたからな。
態度がデカいだけの清や他のやる気のなかった被植民地諸国とはひと味違ったのは事実。

つか日本人も明治維新後一等国になるまではかなり苦労したしね。
その苦労を乗り越えられる民族だったのかが肝かと。


687 :
ロシアにとって日本はウラジオストクから太平洋への道を確保する条件となる悲願の地。
ウラジオストクなんて宗谷・津軽・対馬の三海峡を閉鎖されたら終りだからな。
なんで幕末エゾ地にロシア船がうろついていたと思ってるんだ。


688 :
大砲や鉄砲を撃っても刀や火縄銃、大筒で向かってくるので力押しをあきらめたんでしょな。
10人殺す間に1人殺されちゃ遠征部隊じゃもたないし。


689 :
確かにヨーロッパからみて地球の裏側だからな。


690 :
鉄砲や大砲が大量に備蓄されていて、訓練された戦闘的なサムライ階級が跋扈している大きな島国


691 :
>>45
へー。横浜にも他国の軍隊が入った事あるんだ。知らなかった。
もしそのまま軍隊を残してたら横浜も租界になってたって事?
軍隊でなく日本の警察の警護で十分だったって事だろうね。
わかりやすくて面白かった。改めて日本人の資質の高さを知ったかも。


693 :
長篠の戦いの時点で
三千丁の鉄砲とそれを連続射撃できる鉄砲隊がいたんだっけ?
そんなヤバイ国、当時はヨーロッパからほかにないよな。


694 :
欧州から一番遠かったから?


695 :
遠いという点ではニュージーランドも遠いけど現地人はドコにいったんでしょう。今は英語が公用語の白人国家です。


700 :
何故薩長にイギリスが、徳川にフランスが肩入れしていたかを考えれば領土的野心でしょ。ロシアだって不凍港がもっと欲しかったでしょう。
第二次世界大戦の戦勝国だから清から奪った沿海州を返還していないし。


702 :
>>701
幕末の日本ではゴールドラッシュも起きたよな。
金銀の為替レートに係わってのものだったけど。
産金国として価値が無いと欧米から考えられていたとは思えない。


704 :
>>699
植民地の生産物と言えば綿花や絹なんかもあるがな。
日本は昭和四十年頃まで絹織物の輸出国で、これを支配下に置きブロック経済化すりゃ植民地としての旨味は充分あったわな。
てゆうか地下資源が重要な開発資源になったのなんてわりと近代に入ってからで
植民地の重要性は宗主国の工業製品を独占して売れる市場と安価な労働力提供だぜ。


706 :
鎖国のおかげだな。


708 :
重工業製品は欧米に太刀打ちできなくてひたすら買うばかりだったな


711 :
当時植民政策をとっていた欧州と距離的に遠く、一番近いアメリカが植民政策どころじゃなかった。
ロシアはヤバかったけど、ロシアが台頭する前に富国強兵政策でなんとか守れた。
あと、開国後、欧米の最先端技術を自分たちの文化に昇華してガンガン入れていったのも大きい。
他の国は自分たちの文化を守ろうとするあまり、技術的に遅れてしまった。


712 :
しかし西郷は凄いよな
内戦する約束反故にして勝と話し合いで決着つけたのだからさ
お陰で上海だか香港で巨大武器会社を倒産させたしな
西郷が買うって約束したのに反故にして踏み倒すんだから
倉庫に大量スタンバイしていた武器は全部焦げ付き


729 :
英仏の口車に乗らなかったのが勝因だろうな
それとよその国と違って頭を潰しても白旗上げてくれそうも無かったというのもあるだろう
英国の旗艦が薩摩との戦争でボコボコにされたのも大きいかな


731 :
識字率の高さはかなり影響してるだろうな
当時の中国や半島とは比較にならんくらい読み書き出来る人が日本は多い


732 :
こんなの簡単だろ。
徳川幕府の重鎮や薩長の志士たちは今の官僚たちよりもはるかに優秀だった。
戦後の官僚たちが低脳、売国奴だから、いつまでも米の植民地なんだよ。



733 :
>>701
石見銀山なんて江戸末期には採算が取れない程だったんだぞ
勿論その位知ってて言ってるんだろうな


737 :
日露戦争の借金で一時期結構やばかったけどな。
英国が借換えに応じたり第一次世界大戦が起こったおかげで何とかなったが。


>>734

ちょうど幕府が開国の談判をごちゃごちゃやってた頃、
欧露はクリミア戦争、米は南北戦争で大いそがしだった
のも、まあ幸運ではあったと、誰かが書いとったな。
誰だっけな。


748 :
>>746

  ∧∧
 ( =゚-゚)<ロシアの工業化って革命後 ソビエトになってからだろ?

      第一次大戦は日本がロシアに武器援助してた


750 :
>>748
一応農奴解放令から部分的に始まって本格的に始まったのはフランスの資本協力からだよ。
それに日本の産業革命は軽工業が大部分で不完全。八幡製鉄所も一度は断念したぐらいだし。

日露戦争でも艦艇をはじめとしてロシアはほとんど国産だったが日本はほとんど外国製だったろ。


752 :

  ∧∧
 ( =゚-゚)<近代化・工業化・選挙制度 みても

       欧州に比べても日本はそれほど遅れてない


756 :
天皇陛下がいたから。天皇制を廃止するのが怖かったから。


759 :
人口密度が高くて統治が難しい上、米しか採れないんじゃ植民地にするの厳しいだろ。


案外むかし戦争につよいから


767 :
>>766
まあ信長時代は確かに鉄砲の数、兵士の数ともに世界最強ではあったな
江戸時代になって戦がなくなったもんだから全然進歩しなくなったが


772 :
例えば、インドの場合、各地の王を従えれば、自動的にその資産をそのまま手に入れられる。
経済活動、軍事、知識、全てが特権階級に集中しているから。
日本は、経済、軍事、知識が分散されていて、どこをどう押さえても全てをおさえることができない。


774 :
>>772
別に九州あたりを攻略して拠点にする、しかるのち中央制覇をやれば楽勝だろ
もっともバテレン追放で失敗してるけどな


780 :
植民地にしても資源がなくリターンが期待できない上にしぶとかったからだろうな。


782 :
>>780
あのな。いきなり大軍勢で上陸作戦展開して占領、植民地化とかどこの国も
成功より失敗が多いんでやらないからな?
まず国王に拝謁して貿易とかちょっとした居住区を確保する、それから国の内情を調べてから
懐柔、改宗、洗脳をやっていって間違いなく勝てる見込みが出来てから攻撃する


783 :
ではなぜ当時三等国でしかなかった日本に朝鮮は飲み込まれてしまったのだろうか?

1.王族がアホで時代が読めなかったから
2.両班がゼニクレイジーだったから
3.白丁がド貧民で教養もへったくれもなかったから
4.ヒトモドキだったから


>>785
まあいいんでないの
今の日本があるのは中国が共産化したからなんで、その一点のみに関してだけは毛に感謝しろ
毛は戦中も国民党軍の足を引っ張ったりと活躍してるしな


789 :
 キリスト教徒がほぼいなかった。
郷土、同郷の士、培ってきた文化を愛する気風。
間違い・遅れた文明・世界とずれた道徳などを捨てる心。
金より名誉の政治家・文化人が多くいた。
近隣諸国に、易く獲れる国がありその国が資源豊富。


790 :
純軍事的に考えても、日本の征服事業は19世紀でも難しい。
蒸気機関と大砲のない日本は苦しむだろうが、その後の展開がない。
西欧諸国は上陸戦はやれないだろう。

だからこそ、通常は権力の主体を篭絡し、それが手にしている労働力や資産をまるごと
いただくのが植民地の常套手段。
だがこのやり方も日本では難しい。


794 :
>>792
日本の場合は単に軍備をサボってるだけだろう。アメリカも九条なんか押し付けなきゃ良かったと内心涙目だそうな

経済的にも植民地とは違うと思うな。植民地にしちゃ成長し過ぎてるから、むしろアメリカもちゃんと自立して貰いたがってる


796 :
理不尽な命令でも忠実にこなし、上司が腹を切れと命じたら
腹を切って、腸を自分で取り出し外国人の目の前で叩きつける。
俺だったら、マジキチが住んでる奴らの土地を植民地化しようとは思わないよ。
何時、命を狙われるか分からんからな。

結論、日本人は普段温厚だが、サイヤ人モードが入るとマジキチになるんで
植民地化されなかった。

堺事件


802 :
オランダ人やポルトガル人が出島で
日本人にもアヘンを売ったらしいが、
日本人は買わなかった、と言うのを見たのだけど、
なんで日本人は買わなかったのだろう???

804 :
技術供与っつーか、市場開放じゃねえかな
アメリカに市場開放してもらえばサハラ砂漠の原住民でも発達出来るからな
まして日本人だったから、日本脅威論なる珍説まで出るほど発達してしまった


805 :
ペリーが来ても植民地支配されなかったのは、 帯刀した武士が普通に国中に居たからと聞く。

戦争やってるわけでもないのに常に武装かよΣ(゚∀゚ノ)ノ
こりゃ手強いぞ、とペリーは思ったそうだ。


807 :
>>804
いや、日本が成功してしまったせいで、アメリカは何か勘違いしてしまった。
「俺達が未開地域に『民主化政策』を実施してやれば、豊かになるんじゃね?」と。
失敗例多数。

日本は戦前から曲がりなりにも選挙も実施されていたし、教育水準も高かったからこそ、
戦後発展したのだが、


809 :
>>804
欧米の市場開放なら世界中で行われていたが?
ペリーも市場開放を幕府に迫ってたんだけどな?

フィリピンを例にすると一旦は日本が占領して米が取り返すんだが、こんなこと言ってたぞ
「白人は我々に鉛筆を売ることしかしなかったが日本人は鉛筆の作り方を教えてくれた」とな
まあ企業秘密もあるだろうがあまりにも騙しすぎると反乱が起きて独立しちゃうみたいだな


810 :
>>801
話は逸れるが、古代でも日本は人口が大きく大国だったし、 その後の文明の発達も目を見張るものが有る。断絶がない。

日本史に横たわる『小国思想』『小国願望』というのは、『大国思想』『中華意識』並みに
学問としては面倒臭いイデオロギーだといつも思っている。


814 :
>>807
保守的な非近代国家はな……日本の順応性が高かったから成功したんだな
イラクとか酷いし

>>809
市場開放とはまた違うぞ。銃を片手に払いきれないほど売り付けただけだからな
日本の場合は文化レベルも高く、技術の取り入れも早かったから、払いきれるだけの経済力を早期に入手出来た

日本が第二次大戦やったのも市場が欲しかったからな訳で、負けたのに何故か手に入ったっていう矛盾


815 :
戦後はアメリカが中心に経済援助を無償か有償かは忘れたがかなり日本にしてるんだよな。
共産主義への防壁という考え方によって、
かつての敵国日本に援助することになってしまったアメリカ。

日本はアメリカの援助と国家総動員的な復興努力によって
アメリカの技術を次々に吸収して、日本製品が米国市場で徐々に市場に浸透していく。
日本は負けても運がよかった。またアメリカ単独で日本を占領したのも不幸中の幸いだった。
まぁアメリカが日本をいじめなければ、敗戦もなかったんだろうけど
負けても日本は、復興を後押しする政治環境が幸運にもあったんだな。


816 :
>>814
経済じゃなくて払いのける軍事力を支える経済力と統率力な
百姓は生かさぬように殺さぬように  by徳川家康


820 :
>>650,665
日本は701年の大宝律令以来、れっきとした法治国家なのだが?


821 :
タイは緩衝地帯として残った。


826 :
>>822
それも大きいけどそれだけじゃないぞ
朝鮮特需だけが好景気なら朝鮮戦争休戦で不景気になるはずだがなっていない


830 :
>>828
日本は工業化が100年は遅れたからなー
だいたい当時のドイツと比べたらドイツ以外は後進国じゃねーか


834 :
日本が植民地にならなかった最大の理由は、
欧米から最も離れた極東の価値の低い小島だったからだな。
しかも結構な数の戦闘員がいたので、
簡単に侵略できそうもなかった。
それで後回しにされた。中国や東南アジア、アフリカが先に植民化された。
そうこうするうちに日本は憲法と議会作って近代国家になっちゃった。
もう植民地化は出来ない状況になった。


838 :
>「なぜ日本だけが植民地化を免れることが出来たのか」

当時は開国派であれ攘夷派であれ売国の輩がいなかったから。


839 :
幕府が攘夷を実行してたら植民地にされてたわな


840 :
>>838
だって罰則がキツイものw 伊能忠敬の地図を流したやつとか処刑して塩漬け保存にされたくらいだからな
一族郎党まで社会的に抹殺する勢いなんだよなw


841 :
日本は先進国並みのインフラが整ってたし、教育水準が高かった。
それだけで十分な資源だったはず。しかし民度が高かったゆえに
未開の地のアジアと同列視して植民地にできなかった。


842 :
太平洋戦争前アメは日本を植民地にする気だったとか
おかしな理屈を言う奴が居るが
世界有数の海軍を持っていて大国に列せられる大日本帝国を植民地なんて
するわけ無いじゃん
やった所で得られるものは殆ど無いのに


845 :
>>805
戦争に負けたときGHQは銃砲法を作って一般社会から全部取り上げたよね


846 :
開国させたのアメリカだしな
日英同盟はイギリスが寂しさと対露仏のための協力者欲しさに結んだ
最初はドイツと同盟しようとしたが断られた


847 :
1860年代からヨーロッパでは
プロイセンのビスマルクが絶妙な緊張関係を作り出して
列強はいわば「身動きが取れない」状況になっていた。
いっぽうアメリカは南北戦争の真っ最中。
日本は運が良かったのもあるな。


851 :
国民あげて学業に力を入れていたからさ。


852 :
>>838
実際のところ、植民地化された国であっても
元の支配者はそれなりに便宜を図ってもらう場合が多かったからな
奴隷狩りだって、多くは現地の支配者との商取引だし

そういう意味だと、日本に明確な支配者が居なかったのは幸いだったかもね
将軍が日本を売り払っても、他の家が従うとは思えないしw


853 :
単純に知能の高い日本は植民地にされず。知能の低い諸国は植民地にさせられた。


854 :
まぁ、なんだかんだ言って、模型をみて数年後に実物の蒸気機関作っちゃう
技術力はあったからな。比べるのがナンセンスなのかも知れん。


855 :
>>850
日本に資源があったら、そもそもアメリカに負けてなかったと思うぞ


856 :
というか太平洋戦争は油目的の戦争だから
日本国内や他の支配している地域に資源があったらアメと戦争してない


859 :
>>857
軍事費肩代わりしてもらえるようになったじゃん


860 :
>>855
原爆がなかったから負けてたよ
ただ、資源があったら兵糧攻めにされなかたったから
戦争を回避できたかも知れんが…


861 :
>>842
地政学的に日本の位置はアメリカにとって太平洋の要衝だろ。
中国の分割統治に参画するのが目的だったわけだから。
日本を支配してからじゃ、ただでさえ出遅れてた中国進出が更に遅れる。
共産が負けてれば中国はアメリカ占拠で、とっくにWW3に突入してたかもな。


867 :
>>855
パールハーバー開戦の最終的な理由はアメリカからの資源の輸出を停止されたからなのは知ってて言ってる?



869 :
>>697
鉄砲の三段撃ちは、江戸時代くらいからの
小説まがいの、あやしげな書物に書いてある話で、
信長についてのもっとも信頼できる史料とされる「信長公記」には そんなことは一言も書いてない。

火縄銃研究の第一人者・名和弓雄も
「三段撃ち説は、火縄銃をよく知らない人が 実験もせずに主張している空論」 と言っている。


870 :
>697
田んぼの中の一本道しか突入出来ないように、周りを泥沼化したんだよ!
この戦法は対戦車戦闘の基本だぞぉ!
機動力を奪い、先頭を集中射撃します。


872 :
>>842
日本はおまけ
ヨーロッパに参戦する為の口実のようなもん
序盤戦の日本は予想外に強かったから本腰を入れざるを得なかった


873 :
>>872
そうじゃないよ
アメリカとロシアは中国が欲しかったのに日本が邪魔だったんだよ
話は日清戦争前から繋がってるけど 日露戦争での日本の勝利が問題だったんだよ


874 :
>>873
アメは当時モンロー主義だから直接中国に乗り込もうとか考えてねーよ
んな事する位なら南米ガンガン植民地にしてるって
ヨーロッパに参戦したのはドイツの勢いが止まらなくて
イギリスやフランス等に貸し付けた金が焦げ付く可能性があったから


875 :
>>874
欧米人は支那は文化圏だと思ってたんだよ
それと根底にあるのは黄色人種にたいする人種差別意識だ
アメリカ(アメリカのユダヤ人)は日露戦争のときに日本に勝たせるために
日本に資金を出した、そして日本が勝利して満鉄の権利を手に入れたが
それを共同経営しようと持ちかけた。

日本は資金提供は受けたが多大な人的被害も出してるので呑めない話だった そこからアメリカはロシアと中国と組んで日本を嵌めた


876 :
>>868
ドイツと戦う理由が欲しかったのさ、同盟国である日本を叩けばドイツはアメリカに宣戦布告するだろうとな

ソ連と共産主義も当時は軽視していた。結果、最悪の軍拡戦争をやる羽目になったがね


877 :
>>876
そんな馬鹿なw


879 :
>>877
ソ連や共産党を甘く見てたのは間違いない
だからこそドイツ倒した後ソ連もついでに叩くべきと言ったチャーチルの意見は無視された


880 :
>歴史的にみて、日米戦争の結果でアメリカは得たメリットが何もない。

国家としてのアメリカは得るものがありませんが、
あの国の支配層の方は、国民の命を犠牲にすることと引き換えに、大きな利益を得たのではないでしょうか?


882 :
>>879
日本がやられたからってドイツがアメリカを敵に回すなんて事はしないと言ってるの。
自国が攻撃されることに応戦する場合ならしも
仕掛ける戦争は相手の力と自分の力を分析して上の場合にしかやらない

同盟とはいえ、遠い東洋の国が攻撃されたからと言って
明らかにヤバイ相手を敵にして自国民を危険に晒すようなことはしない。


883 :
>>882
そんな冷静な判断が当時できるなら、日本はアメリカに対して戦争はしていません。


884 :
>>883
その話とは全然違う話だろ
それに日本は追い込まれたんだよ。
さらに元々は日本対イギリスの東アジアの覇権争いであって
日本海軍とイギリスの戦力を分析して勝算はあったんだよ

アメリカに対しても、それまでの軍と軍が戦って
有る程度勝敗が決したときに調停をいれて
権益をどうするか決めるのが慣例だった戦争なんで戦いに踏み切ったんだよ。
それがアメリカは軍ではない民間人を狙って東京大空襲をやったり
挙句の果て原爆を落とすような、それまでの戦争の暗黙のルールを破るような事をして勝ったんだよ。


885 :
アメリカが最も警戒したのは、日本の領土拡大主義だよ。
満州を手に入れて中国へ触手を伸ばし、
さらに南方資源をねらってるのがばればれだったから。

ここらで叩き潰しとかないと、手に負えなくなると考えた。
で、コテンパンに打ちのめして日本列島に閉じ込めるの成功した。
これが開戦した理由とアメリカが得た成果。


889 :
>>887
俺が言うのはドイツとか朝鮮とかの様に東西分割されなくて良かったなといってるんだよ、
大戦後その危機は実際にあったからな、日本の東西分割、両親から聞かされたよ、


892 :
何故同じモンゴロイドでも、中国、朝鮮、モンゴール、アメリカ・イン
ディアン・インディオ達はコーカソイドに対してあれほど無力であった
か? 

特に殷(や夏)で最も早く都市を築き、唐の頃は世界で最先端の文化を
誇った中国での文明の発達が何故遅かったかの方が参考になるかも。
(中国の誇る四大発明は彼等のメンタリティ次第ではもう少しうまく
発展させれたのにと思う。)

中国は奥深すぎるし(要するに河や湖や海が国をうまく切り分けていな
かった)、東洋的な根本的思想に全く発展性がないからだろう。しかし
そうなるとまた逆にどうして日本では?という最初の振り出しに戻るが。

こいういう考えは異端だろうが、私は言語活動は最大の要素の一つだと思
う。

日本の場合は中国に近く、同時に幸いにも中国とはまったく別の言語
圏にあった。このことが日本に漢字という抽象的に優れた文字を縦横に
活用し応用する機会と能力を付与した。日本人の文字嗜好は世界でもまれ
なのではないか?  これは全く日本と言語的に同様の立場であった朝鮮が
あまりにも中国と近かったためにその能力を育てられなかったことと端的に
比較できる。

文字が民族を育てた例としてユダヤでも多くの言葉遊びやクイズや暗号が
好まれて来た。ヘブライ語では彼等のアルファベットのそれぞれの文字が
固有の数をあらわすので、そういうことも彼らが吸うに強いことの一つの
原因ではないか?

一方アメリンデアンやインディオはまともな文字すら持っていなかった。


894 :
それと、極論すれば中国やインドは国民一体感の意識を持つには余りにも
人口が多き過ぎるんだろうね。これは間違いない。彼等には一視同仁的な
意識は全く無い。

「やつらは関係ない、俺等とは全く別」的な。彼らが
愛国心に怒り狂うのは同胞の一人ひとりの災難や苦痛などではなく、自分
の属する国が屈辱を受けた時のみ。拉致問題は「日本人性」を計る物差し。


896 :
>>884
>>有る程度勝敗が決したときに調停をいれて権益をどうするか決めるのが慣例だった戦争

そんな戦争は日露戦争で終わってるんだがw
身をもって総力戦の怖さを日露戦争で知ったのに、軍がそれを理解してなかった
特に海軍が日本海海戦の勝利に酔いしれたまま30年余りを過ごした


898 :
>>874
ていうか、アメリカは民主主義国だから、植民地政策なんて国民の反対でできなかったんだろ?
日本との戦争も、日本に軍国主義を放棄させ、民主主義にさせるためのものだったし。


899 :
>>896
それを勝手に終焉させたのがアメリカじゃん対日本において。


900 :
民度の高さと強力な軍事力と 亜細亜では異例な科学力があったせいに決まってますが


901 :
>>885
これは間違い
米は日本が開戦せざるえない状況まで追い込んだだけ


902 :
日本も只管米英との関係を悪化させまくったがな


905 :
長い刃物を持ち歩いて街中で振り回すようなキチガイ 誰だって相手にしたくないだろ。
俺だって避けるわ。


906 :
>>898
はぁ?日本は戦前から民主主義国家だよ
戦後に日本を占領したGHQがNHKを作って戦争は自分らが正しいとするために
自分らがやった蛮行をなかったことにして
日本が軍国主義で、それと倒して日本を開放して民主主義をもたらしたと風説しただけ


908 :
>>898
日本に戦争ふっかけたのは中国市場に参入したかったからだ 米民主党の考えることはいつも一緒だね


911 :
それは、日本が、他のアジア諸国より、しっかりしていたからだろ。


914 :
>>872
予想外に強いどころか、英米蘭の軍隊はほとんど駆逐されたんですが。


915 :
1889年に、憲法制定、選挙による議院内閣制、
大正デモクラシー。
どれをとっても、戦前においても、まだ不完全だが、近代的じゃないか。


916 :
>>897
他の国ではその餌さにすら国民は付いてこれなかった。中国の科挙はあまりにも「国民参加率」が低い。

それでもたしかに日本はロシアではなくアメリカに占領されたのは
不幸中の幸いだったことは皮肉ではない。


917 :
逆になぜ列強より一歩遅れる立場に成ったのかが重要だな。中央集権国家になるのが遅すぎた。


919 :
>>916
日本が分割統治されなかったのはアメリカだけが核をもってたからだけどね
ロシアももってたら分割されてたよ。
それでも酷い事をされたんだけど、その蛮行はGHQが作った


923 :
資源がないからだろ。
島国根性から外人に対して友好的だったということもあろうし。


924 :
>>920
馬鹿じゃねぇのか?
事の始まりはペルー来航の不平等条約からだよ。
全部繋がってるんだ


927 :
>>896
> 海軍が日本海海戦の勝利に酔いしれたまま30年余りを過ごした

海軍は基本的に第二次大戦は反対だったんだが、
軍という性格上やらずに済ます事は出来なかった、
当初から海軍は負け戦前提だったので戦後の海軍創設の模索を影でしていたというのが本当の様だぞ、


931 :
なぜって、そんなの
1、2が地理的要素
3、4は無くって
ようやく5番目に日本人の良さが出てくるくらいだろw

日本は欧米からの距離が一番遠い国のひとつで
近隣の国からも海で隔てられ、日本の国土はまさに金城湯池。
19世紀の技術水準では遠さも隔離も今よりずっとインパクトのある物だった。

日本人だけが、世界の中でも別あつらえに優秀な民族とか
自慰を始める前に、日本の国土に感謝するほうが先だろwww


932 :
昔高校の日本史の授業で、先生(共産党員)が
「日本は欧米列強を恐れて富国強兵の道を歩む必要はなかった」 
「なぜなら日本のすぐ隣に支那という美味しい植民地があるのに、わざわざそれを見過ごして日本を植民地化するとは考えがたいから」おっしゃっておられたが・・・

今考えれば突っ込みどころ満載な気がする。
欧米列強が支那を順々に割譲していけばいつかお互い衝突する。
衝突で敗者となった国は支那を断念せざるを得なくなる。
となると次に狙うのは朝鮮・そしていずれは日本、となるのは明白だからなあ。
フランスがインドシナに進出したように。


940 :
まあ、満州を英米と共同統治しておけば、あんな無謀な戦争をしなくても済んだだろうな


942 :
> 「なぜ日本だけが植民地化を免れることが出来たのか」

江戸時代
岩和田沖で、ヌエバ・エスパーニャ総督の船が難破
→漁民が助ける
→本多忠勝の次男が保護
→家康がもてなした後送り返した

江戸末〜明治
不平等条約結ばれまくりで、植民地化目前
→条約を改正したいけど、欧米は相手にしてくれない
→過去の交流から、メキシコ(ヌエバ・エスパーニャ)が対等条約を結んでくれた
→メキシコはスペインの植民地=支配層が白人
→メキシコが認めてるんなら、条約改正していいんじゃね?
→日本、植民地化を免れる


945 :
知られていないが 日本はAD19の世においても銅(当時主流の青銅製アームストロング砲、後の四斤野砲)の大産地で硫黄、水銀、金、銀、強靭な積層鋼材の産地で
スペインがAD16に数隻のフリゲート艦と騎兵30、銃歩兵300で完全占領、植民地化出来るかと宣教師に調査させたら不可能ですよと。

その調査させた時期の日本の職業軍人(旗本)は三十万人、鉄砲三万丁。
経験者で、良く訓練されている。との報告が。
諦めて、貿易と布教で儲けようとなった。


946 :
台湾が占領されて、そのすぐそばにある沖縄がされなかった理由を考えるべきだな。
日本支配下にあったから、という意外に理由はないだろう。


950 :
日本は明治以降に先進国の仲間入り果たしたとか思ってる奴多いけど
日本は遥か昔から先進国だったんだよ
明治以後は工業化しただけであって江戸時代なんか世界の最先端だった


951 :
日本は閉鎖的な状況だった割には金(ゴールド)の重要性をちゃんと理解してたからなぁ
向こうにしてみればちゃんと価値のある金を用意してくれるってのは、商売をしたほうが利が大きかったっぽいよね
辺境の地で戦争なんて面倒だし、統治も面倒だしね。売りつけられる物はいくらでもあるんだし、って感じはするね


956 :
それは江戸時代はお侍様が日本を支配していたからだよ。

百姓から政治家や軍人がでるようになってから日本はおかしくなった。


957 :
>>931
地理的要素は、日本朝鮮シナの差を説明する要素にはならないね。
まあ、実際は、日本もかなり危なかったと思う。
たとえば、日清戦争や日露戦争に負けていたら、どうなっていたか、とおもう。
結果的には、富国強兵路線が成功した。


959 :
明治維新後、結局は日本しか欧米に対抗する国が無かったからなぁ。
日本は欧米の勢力争いをうまくバランスしてくぐり抜けれればよかったんだが。

世界恐慌があって経済ブロック化が進んで国内不況になったとしても
米国には譲歩すべきだった、せざれう得なかったはずなんだよな。
結果からすれば、まぁ日本は犠牲を払って、世界に貢献したと自己陶酔はしていい気はする。


964 :
幕藩体制のおかげに決まってる。
戦国〜江戸初期までの動員率と比較すると劣るとは言え、全国津々浦々、各藩には一万石当たり二百人以上の兵員がいたんだよ。


965 :
将軍と天皇という2人のボスがいたからじゃない?


966 :
討つ覚悟と討たれる覚悟があったからだ!!by ルルーシュ


968 :
資源もなく、語学音痴の貧乏人のくせに、やたら好戦的な人種が住んでいたから


969 :
武士という戦闘集団が各藩に存在し、当時の日本は1国の兵士の数が異常に多かった
また錬度も高く、武器も鉄砲の数がダントツで多かったという事実も見逃せない

つまり侵略し植民地化させるには、本腰をいれなきゃいけなかった
黒船が数隻来たところで、局地戦で勝利したとしても、とてもじゃないが植民地化は無理

これが正解


970 :
日本はマルコポーロの時代から、極東の先進国と認識されてきた。
植民地化の対象ではなかった。


974 :
答:国民が馬鹿ではなかったから


985 :
>>931
黄金の国ジパングを占領しようとした欧米諸国は戦国時代の日本の精強さをみて
無理だと悟ったんだよ。

宣教師が日本の占領は無理だと本国に書き送っているでしょ。

琉球商人ですら東南アジアで恐れられていたんだから。


990 :
まあこのまま永久に「史上唯一、米国本土を攻撃&爆撃した正式交戦国」だろうからな。
うちらを植民地にできる国は少ないだろう


992 :
20世紀。 なぜ日本だけ、経済大国になったのか。 それと同じ理由。

993 :
>>985
お殿様が群雄割拠、切磋琢磨してたからね。


996 :
命を賭けて日本人が 戦ったからだよ




□まとめ、感想など

 筆者は、以下のように思う。


1.
戦国期末 … 秀吉がキリスト教の布教を禁じたこと。

2.幕末    … 生麦事件から薩英戦争までの経緯で 薩英戦争で、完全に諦めた。