■人は世界を回る



 先日、関西の大手電気メーカーの話を聞いた。

 なんでも、会社の中で、ポルトガル人とか、中国人とか、スペイン人とか世界各国から、人がきているのだという。

 二十数年前に、イデオロギーの壁が取り払われて以来、世界中を人がずいぶん動きやすくなった。

 まるで、いまのサッカーの選手を見ているようだ。

 こうして見ると、競争相手が世界各国にいることになる。

 現在、日本の教育も東大を頂点とするピラミッドを形成しているが、それがいつまで続くのであろうか。

 
中国の北京大学に、ポルトガルのリスボン大学(そんな名前だったろうか?)に、オランダのライデン大学に、チリの大学に勝てるのだろうか。

 教育というものを、もっと、大きな視点で見なければならない時代ではなかろうか。

 
このように考えてみると、「教育」というものの、不思議さ、可能性のようなものにビックリする。

 世界中、どこにでも、優秀な子供たちが存在し
ている。

 かれらに、教育の機会を与えて、ウマク伸ばしてやることさえできれば、個人が、国が栄える道は、いくらでも切り開かれる。

 対して、
日本では、どこか、ハングリーさを失い、教育というものに熱が冷めた感じがする。

 しかし、現実に、成人となれば、この電機メーカーのように、世界中のエリート達と競争しなければならない時代となっているのだ。
 
 
子供達に対して、もう一度、「教育の勧め」を語る時がきている。