■成人式の混乱に思う





 
今年の成人式ではそれほどの混乱もなく終わったようだ。

 若い人たちの無軌道ぶりの根底には、大人に対する甘えが見えるようだ。

 そして、そのような甘えを許していることの裏側には、「自由」という言葉に対する「誤解」が成人式を迎える若い人達にも、その親たちにもあるように感ずる。

 昭和20年代〜40年代に「詰込み教育」とよばれたものがあった。

 学期の中間、期末と試験があるのだが、試験後、その成績順に席が決まってしまう…そんな学校もあったようだ。

 いくらなんでも…という反省があって、自由に、のびのびと勉強させたい…というような理由で、科目数とかが少なくなってきた。

 また、親も「自由にやらせています」などというようになった。

 上の話は、まぁ、おかしくないように聞こえる。

 でも、この「自由に」とか、「のびのびと」とか言う言葉が曲者(くせもの)なのだ。

 この言葉こそが、現在の成人式をメチャクチャにした原因の一つであろう。

 自由という事柄には、責任ということが裏側に張り付いている。

 こういうことをすれば、こんな責任を問われる…だから、責任を取るということを覚悟したうえでの「自由」なのだ。

 「のびのびと…」などという言葉は、その辺りをアイマイにした、なんとも日本的な言葉だと思う。

 もう一度、昭和20年代〜40年代の幅広い知識を詰め込む…そういう教育に帰るべきだ。子供を甘やかすことなく、鍛えあげるべきだ…と感ずる。

 どこかの評論家の言いそうな「のびのびと…」とか、「自由放任」などという「聞こえのいい、甘い言葉」に騙されまい。