■九九


 
□上掲の画像をみて頂きたい。

 九九を覚えたと思われる書付だ。

 残念ながら間違えてはいるのだが…



□まず、記事から紹介する。

 兵庫県豊岡市日高町の祢布ケ森遺跡で大量出土した木簡の中には、九九の練習で計算間違いをしているものがあった。

 調査した豊岡市教委は「当時の官吏の人間味が感じられる」と話している。

 木簡は勉強するとき、現代のノートのようにも使用していたという。

 間違いが見つかった木簡は長さ三一・六センチ、幅二・九センチの細長い形で、裏面に九九を記していた。

 現代とは逆に大きい数の九九から始め、六九から四九までを飛ばした後、「三九廿四(さんくにじゅうし)」と間違えている。

 見つかった二百三点の大半は、この木簡のように文字や計算を練習した跡だった。

 表面を削って再利用できるが、木片も多く確認されており、繰り返し勉強した様子がうかがえる。

 九九が書かれた同時期の木簡は他にも例があり、今回も計三点出土。

 解読した奈良文化財研究所は「官吏が一生懸命活動していたことを示す史料」としている。


 
⇒時代は平安時代らしい。紙の使用がまだままならなかったのだろう。




 
□九九は、既に万葉集の中にも、入っているのだそうだ。

 掲示板から、転記してみる。


 天雲の 別れし行けば 闇夜成す 思ひ惑はひ 射ゆ十六(シシ=鹿のこと)の 意(ココロ)を痛み・・・    (巻9-1804)


 若草の 新手枕(ニヒタマクラ)を 巻き始(ソ)めて 夜をや間(ヘダ)てむ 二八十一(にクク=憎く)在らなくに     (巻11-2542)


 狗上(イヌカミ)の 鳥籠(トコ)の山なる 不知也(イサヤ)川 不知(イサ)二五(トヲ)聞こせ 余(ワ)が名告(ノ)らすな    (巻11-2710)




□まぁ、日本では、九九というものが、これだけの歴史をもっていること誇りたい。



□また、伝来を示す木簡が出土した。

2010/12/04(土)


 
かけ算の九九は中国から…伝来示す木簡が出土

 奈良市の平城宮跡で出土した「九九」を記した8世紀の木簡に、中国の数学書と同じ「如」の文字が書かれていたことがわかったと、奈良文化財研究所が3日、発表した。

 「如」の文字が使われた九九の木簡が見つかるのは初めて。

 木簡は 長さ16・3センチ、幅1・5センチ。

 「一九如九(いんくはくのごとし)」と 記されていた。

 同研究所は「九九が中国から伝来したことを端的に示すもの」としている。

 中国で九九は、春秋時代(紀元前770〜前403年)に使われていたとされ、

 「如」は「同一」の意味で、数学書「孫子算経」では、かけ算の 答えが1桁の場合に使われているという。

 九九は日本に奈良時代より前に伝わったとみられ、「万葉集」には 「十六」と書いて「しし」と読ませる記述もある。



 

□まとめなど

 --中国で九九は、春秋時代(紀元前770〜前403年)に使われていたとされ、--か。

 日本なんて、カゲもカタチもない頃から中国では使っているということだなぁ。

 なるほど、恐ろしい差ではある。