■新しい技術を生み出すということ




■NHKでnという会社の技術者が、ギアチェンジの不要な変速機の開発に成功したという番組をやっていた。

 それこそやっと出来た!という感じだが、番組をみながらいろいろ考えさせられた。


 この変速機のメカニズムは、エンジンの回転運動を、小さな円盤を押し当てて摩擦によって車輪を駆動する回転運動へ伝達しようというシンプルなものである。


 金属同士が一点で接触し、その点の摩擦だけで全ての運動エネルギーを伝達するという方式で、ブレークスルーする点は、どういう材質でこのところの部品をつくるか、および、どういうオイルで、金属を保護しかつ摩擦によりエネルギーを伝達するか という2点である。


 種々の試行錯誤を重ね、21年の歳月を要して完成し、日産の自動車に組み込まれた。

 この技術を生み出した最大の功労者は、当然、この技術者であり、彼のもつ執念というか、なにがなんでもモノにしようとする職人根性のようなものに因ると思う。


 21年といえば、30才から始めても完成するのが51才となる。

 技術者としては、文字通り自分の一生を賭けた仕事・テーマであろう。

 できるものかできないものか見通しさえ立たないわけだから、できると信じてつっぱしるしかない。

 そのところに技術者というのはギャンブラーのような思い切りのよさ、大きな意味でのカンの良さを持たなければだめなんだなぁ…と感ずる。

 また、nという会社の経営者の判断の良さを思う。

 21年間、利益を生み出さない技術開発をずーと見守り続けるということは並大抵のことではあるまい。

 こうしてみると、注目される新しい技術が生み出されることは、まるで、綱渡りのような危うさの上に成り立っているとしみじみ感ずる。


 一生を賭けても…と思う有能な技術者がいる、開発しようとしている方向性が(結果的に)正しい、長期間じーと見守る経営者がいる…その1つでも欠ければ、このような技術はできてはこなかった。