■喜左衛門井戸…大井戸茶碗



■補足、感想など









□茶碗の名称で検索してみると、いろんな文章がひっかかる。

 いくつか、ご紹介したい。


□茶碗(ちやわん)では、室町時代前半まで、中国産の「唐物(からもの)」が最高と考えられてきたが、さらに茶人たちが理想とする茶碗を求め、朝鮮の茶碗に注目した。

 その中で最高の茶碗とされたのが「井戸の茶碗」だった。

 これは韓国では民衆の安物の量産品で、釉薬(ゆうやく)のかけ方も乱暴だが、素晴らしい形を持つ。
 意図せずに生まれたその姿を茶人たちは「わび」の美として評価した。


 井戸は古来高麗茶碗の王といわれ格別貴ばれていますが、俗に一井戸二楽三唐津というように、茶碗を通じての最上とされ、その名は講談やこの噺の落語にまで取り上げられて、茶碗といえば井戸の名を連想するほどに有名になっています。

 こういう井戸の評判というものは、その姿が堂々としていて、作行きが優れ、枇杷色の釉(うわぐすり)も美しく、また竹の節高台やカイラギなど茶碗としての見所を兼ね備えている点にもよりますが、天目や砧青磁茶碗に飽いた室町の堺の茶人たちが、自由ではつらつとした動きのある、初めて接した高麗茶碗である井戸であったという歴史的な理由によるものと思われます。

 井戸の名については、諸説有りますが、見込みが深いからつけられたという説もありますが、これは奈良興福寺の寺臣、井戸氏所持の茶碗が当時名高く、これから起こったものという説が一般的です。

 ちなみに井戸の名の起こりであるこの茶碗は、のちに筒井順慶に伝わって、深めで高台が高いので筒井の筒茶碗といわれ、略して筒井筒(下記写真参照)と呼ばれ、井戸の中の名碗となっています。


 井戸茶碗   高麗茶碗の第一とされる。大井戸、青井戸、小井戸、小貫入、井戸脇などがあります。井戸型という共通の形で、胴の荒いロクロ目、総釉、井戸釉と言われる枇杷(ビワ)色の釉薬などが特徴です。



□まとめ、感想など

 
記事にあるように、昭和25年に千人が参加する茶会を開催された…というところに、なんとも不思議な感覚に襲われる。

 日本人の価値観というものが時代に左右されない、日本人の美意識というものが揺らぐことがない…それが伝統というものなのだろうなぁ。

 昭和25年であれば、食うや食わずの人も多かった筈。まだ、米軍が占領していた頃だ。

 こうして名もなき朝鮮の陶工の作った茶碗が、日本で国宝となり、東海道本線をじっと抱きかかえて持ってくるほとのものとなる。

 しかし、国際的な骨董商の間では見向きもされまい。

 日本の茶道とか、骨董という独自の世界の中で、その価値が認められるもの…といえばいいのだろうか。

 日本の独創の美の最たるものというべきか。