■民衆をみちびく自由の女神……ドラクロワ



■補足、感想など

 新聞からとった画像なのでもうひとつ質はよくない。

 この絵は、パリのルーブル美術館にあるが随分人気が高いようだ。
 フランス人の琴線に触れるなにかがあるのだろう。




□まず、この絵についてどうこう言う前に、ドラクロワという人についておさらいしてみよう。
 以下、辞典から抜粋。


 フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ(Ferdinand Victor Eugene Delacroix,
 1798年4月26日 - 1863年8月13日)はフランスの19世紀ロマン主義を代表する画家である。

 劇的な画面構成と華麗な色彩表現は、ゴッホをはじめとして多くの画家たちに多大な影響を与えた。

 1798年、パリ近郊のシャラントンに生まれた。

 新古典派の画家ゲランに入門し、1822年、『ダンテの小舟』でサロン(官展)にデビューした。1824年のサロンには『キオス島の虐殺』を出品す る。

 この作品は当時(1822年)実際に起きた事件を題材にしたもので、サロンでも賛否両論を巻き起こした。
 結局、作品は政府買上げとなった。1830年の七月革命に際しては、有名な『民衆を導く自由の女神』を制作している。

 1832年、フランス政府の外交使節に随行する記録画家としてモロッコを訪問した。1834年の『アルジェの女たち』は、モロッコ旅行の際のデッサンをもとに制作したものである。

 1830年代以降は、リュクサンブール宮、パリ市庁舎など、政府関係の大建築の装飾を数多く手掛け、1863年に死去するまで旺盛に制作を続けた。


 ⇒自画像があるので、それを示したい。 右図
 
年表から言えば、日本の江戸時代最末期に活躍した画家ということになる。

 フランス革命以後の混迷した時代をリアルタイムで見聞きしそれを材題にしながら創作に励んだということであろう。


 また、政府が彼の絵を買い上げたといことで、生存中に絵の価値が認められた幸運な画家でもある。










□冒頭に戻って、この民衆をみちびく自由の女神という絵は、筆者にとっても馴染みやすい絵だ。

 それは「リーダー」という言葉と対(つい)となったイメージだからだ。

「高い理想という旗を掲げて集団のまっさきを進む」…リーダーというものはそういうものだ、と思う。

 また、そういうイメージを持たせない人間はリーダー足り得ない。