サンドロ・ボッティチェッリ


            
春  ヴィーナスの誕生


□イタリアの美術館で「春」を見た。
 この美術館の絵画は、外に出すことはできないので見にいくしかない。


□まず、ボッティチェッリのついて概略を押さよう。
 ⇒ Wikipedia から書き写す


サンドロ・ボッティチェッリ(Sandro Botticelli, 1444/1445年 - 1510年5月17日)は、ルネサンス期のイタリアのフィレンツェ生まれの画家で、本名はアレッサンドロ・ディ・マリアーノ・フィリペーピ (Alessandro di Mariano Filipepi) といい、ボッティチェッリは兄が太っていたことからついた「小さな樽」という意味のあだ名である。

 ボッティチェルリ、ボッティチェリ、ボティチェリなどと表記されることもある。

 フィレンツェ派の代表的画家。
 フィリッポ・リッピに学び、メディチ家の保護を受け、宗教画、神話画などの傑作を残した。

 特に『春(プリマヴェーラ)』と『ヴィーナス(ウェヌス)の誕生』の作者として著名である。異教的、官能的なテーマの絵画であり、フィレンツェ・ルネサンスの最盛期を告げるものである。




■春 について

 『春』は、近年の修復の結果、オリジナルの華麗な色彩がよみがえり、従来、煤(すす)に覆われてはっきり見えなかった多くの草花が、ヴィーナス(ウェヌス)の立つ地面に描き込まれているのが見えるようになった。

 研究者によると、これらの草花のほとんどは、今でもフィレンツェ地方に自生しているという。


 メディチ家当主ロレンツォ・デ・メディチの死後、ドメニコ会の修道士サヴォナローラがフィレンツェの腐敗を批判し、市政への影響力を強めると、ボッティチェッリも心酔し、神秘主義的な宗教画に転じる。

 しかし、この時期以降の作品は生彩を欠くとして評価は高くない。
 1501年頃には制作を止める。



■補足、感想など

 どの美術館だったか。この絵があるのは。フィレンツェ市内だったと思うのだが。
(これらの絵は海外へ持ち出すことが禁止されているとのこと)

 まず、この「春」という絵の印象だが、絵の大きさに驚かされる。
 ただ、上掲の画像でみるような晴れやかさは印象に残らなかった。

 日本の美術関係の印刷は優れているので、詳細な部分まで見える。

 詳細な表情までみえれば、絵を楽しむことができるのかもしれないが、チラと見る程度ではちょっと無理か。

 なお、この作者のボッティチェッリ という人の後半生は幸福なものではなかったようだ。

 優れた才能をもっていても、その人生というものにうまく反映させることは難しいということなのだろう。

 なお、同じ部屋にヴィーナスの誕生も掲げてあった。

 下にその画像も示したい。 
 







■以下、Wikipedia から抜粋して書き写す。

 キャンバス地に描かれたテンペラ画である。
 縦 172.5cm、幅 278.5cm の大作で、現在、フィレンツェのウフィッツィ美術館が所蔵し、展示している。

 古典的な女神ヴィーナスは、水より出現して貝殻のうえに立ち、霊的情熱の象徴であるゼフュルス(西風)に乗って、岸へと吹き寄せられている。

 季節の女神であるホーラーたちの一人が、花で覆われた外套を女神へと差し出している。

 ある注釈家たちに従えば、裸身の女神は、地上的・肉的な愛ではなく、霊的な愛の象徴だと言う。

 古代の大理石の立像に似て、女神は、ほっそりとして長い四肢を持ち、調和の取れた相貌を示している。